「平均」や「標準」を根拠にした考え方に縛られてしまうと、いいものまで見過ごされてしまう(写真はイメージです)

定年まで正社員として
勤めあげる人は34%!?

『平均思考は捨てなさい――出る杭を伸ばす個の科学』
トッド・ ローズ(著)小坂恵理(訳)
早川書房
292ページ
2200円(税別)

 2017年5月に経済産業省が若手・次官レポートとして発表した「不安な個人、立ちすくむ国家」は、「結婚して、出産して、添い遂げる」、「正社員になり定年まで勤めあげる」という「昭和の標準的人生」が21世紀には一般的ではなくなったため、この標準に基づいて設計された日本の制度や価値観が現代社会のあちこちに大きなひずみをもたらしているのだとしている。しかしながら、1950年代生まれにおいても定年まで正社員として勤めあげる人は34%に過ぎなかったという。彼らの人生が標準的なのだとすると、過半数のはずの66%の人々が歩んだ人生は例外的なものだったということだろうか。そもそも、一度しかなく、それぞれにバラバラのはずの人生の“標準”とは何を意味するのか。

『平均思考は捨てなさい』は、わたしたちの思考がどれほど平均や標準に縛り付けられているか、そしてその呪縛のためにどれほど多くの可能性が見過ごされてしまっているかを人間の個性、企業による標準化、新たな教育の可能性などの多角的な視点から考える一冊だ。この本は、人生はそのどれもが本質的に個性的であり、「標準的人生」など存在せず、平均的な人生と自らの人生を比べる必要はないのだということを教えてくれる。平均思考から解き放たれ、個性に光が当てられるようになれば、わたしたち一人一人の未来はより明るいものになるだろう。

 平均思考はときに、人命に関わる重大な問題をも引き起こす。1940年代の米空軍は、ひどいときには一日に17人ものパイロットが墜落事故に遭うほどの、飛行機制御の不安定さに頭を抱えていた。電気系統やパイロットの飛行技術など様々な要素に疑惑の目が向けられたのち、最終的に原因と考えられたのはコクピットだった。1926年に初めて設計されたコクピットは、その当時の何百人もの男性パイロットの身体データの平均値をもとに規格化されていた。軍の技術者たちは、その後の20数年でパイロットの体が大きくなり、古い基準に基づくコクピットにフィットしなくなったのではないかと考えたのだ。