一流の経営者やリーダーは何をやっているのか? 人気コンサルタント小宮一慶氏の最新刊『経営者の教科書』(ダイヤモンド社)は、その20年以上の経験から成功する経営者・リーダーになるための極意をまとめた本です。本連載では、同書の中から抜粋して、成功するリーダーになるための考え方と行動について解説していきます。

 

 世の中には、経営という仕事が存在します。しかし多くの経営者が、そのことを十分には認識していません。さらに、経営者を目指している人たちも、それに気づいていないのです。

 では、「経営」とは、具体的には何をすることなのでしょうか? 私は、次の三つだと考えています。

 (1)「企業の方向づけ」、(2)「資源の最適配分」、(3)「人を動かす」

 まずは、それぞれについて簡単に見ていきましょう。

(1)企業の「方向づけ」が何よりも大切

 企業経営にとって、一番大事なことは、「方向づけ」です。「何をやるか、やめるか」を決めることです。これを誤ると、企業は崖っぷちに進んでいくようなものです。

 多くの会社を見てきて、これをとにかく間違わないことが何よりも重要だと感じています。そして、これが的中すれば、飛躍的に事業を伸ばすチャンスがあるのです。

 私が、直接かかわらせていただいている会社の中で、このところ飛躍的に伸びているのは、京都に本社のある印刷会社のプリントパックさんと熊本が本社で成人式の着物の販売とレンタルを行っているウェディングボックスさんです。

 印刷業界は長い間不況ですし、成人式市場はじり貧なことはよく知られた事実です。その中で、両社は海外で事業を行うことなく、長年、二ケタの増収を続けています。

 プリントパックさんも以前は印刷不況の波にのまれていましたが、版をお客さまにパソコンで作ってもらい、それをインターネット経由で受注し、安価な印刷を行うという「印刷のネット通販」市場を確立しました。印刷をネット通販することで同社の印刷は従来に比べ格段に安いことで成功したのです。

 ウェディングボックスさんは、雑誌の『an・an』や『CanCam』のモデルさんのように「写真」を撮るというコンセプトと、きめ細やかなサービスで差別化することにより、急速にシェアを伸ばしました。また、首都圏ではルミネなどの好立地に出店したことも成長の一因となりました。

「何をやるか、やめるか」を決め、そこで「差別化」つまり、「他社との違い」を明確にできるかがとても重要なのです。

「戦略立案」とは何をすることなのか

 「企業の方向づけ」というのは、いわば「戦略」です(図表参照)。それは下図にあるように、ミッションやビジョンや理念に基づいたうえに、「外部環境」、それから企業の「内部環境」を分析して、「方向づけ」を決めていくことなのです。

 

 ピーター・ドラッカーは事業の定義に必要なのは「目的、市場、強み」と言いますが、ミッション・ビジョン・理念、外部環境、内部環境とほぼ同じことです。

 いずれにしても、これらを言葉で説明するのは簡単ですが、ミッションやビジョンや理念を浸透させ、外部環境や内部環境を正確に分析するなど、実践で行うのはそれほど容易なことではありません。
 この「方向づけ」をどうするかによって、会社の命運が決まります。これは、会社がうまくいくかどうかの最も重要な必要条件です。

 これが違っていたら、もう目もあてられません。どんなに優秀な人がいても、会社はおかしくなります。

経営と管理は違う

 経営を「管理」だと考えている経営者は沢山いますが、「管理」は正しい方向づけができているという前提があって、初めて生きてくるものです。方向づけが間違っているのに正しい管理がなされてしまうと、むしろ会社は早く崖っぷちに到達するだけです。

 つまり「方向づけ」が正しくなされていることが、会社が成功するうえでの大前提と言えます。管理は、部長以下でもやれる仕事です。とにかく「方向づけ」が最重要なのです。

「方向づけ」とは、先にも話したように、「何をやるか、やめるか」を決めることです。それは会社全体の場合もあり、また部門を預かる立場にある人であれば、部門で何をやるか、やめるかを決めることでもあります。

 大切なのは、経営者が「何をやるか、やめるか」を正しく決める判断能力を持つことです。判断の大前提として、環境分析は必須ですが、それとともに実は経営者の考え方(=経営哲学)を確立していることがとても重要です。

「マーケティング」と「イノベーション」

 ピーター・ドラッカーは、経営者は「マーケティング」と「イノベーション」を行わなければならないと言っています。「マーケティング」を営業活動と勘違いしている人がいますが、ドラッカーの言うマーケティングとは、お客さまが求める商品やサービスを提供することです。

 自社の強みを活かせるお客さまを特定し、お客さまが求めているものが何かを見出し、それらを提供することです。「お客さま第一」と言っているのと同じです。

 一方、「イノベーション」は、商品やサービスの提供だけにとどまらず、製造方法、流通プロセス、組織そのものなどを大きく変えることです。方向づけとは、この「マーケティング」と「イノベーション」とも言えます。

「Q、P、S」で考える

 まず、会社の方向づけを行うとき、見極めなければならないことは、「お客さまの動向」です。これは、「マーケティング」においてはもちろんのこと、「イノベーション」においてもとても重要なことです。

 お客さまが何を求めているのかを見つけ出すことが、方向づけの最重要課題であり、基本中の基本です。

 このとき、私が他社との違いを分析するツールとして使っているのが「Q、P、S」という考え方です。クオリティ(品質)、プライス(価格)、サービスの三つです。

 私たちのようなコンサルタントは解決策を提示することも大切ですが、解決のための手法をうまく提供することも大切なのです。大抵は、物事を「分解」して考えるフレームワークです。それにより、物事を考えやすくなり、具体化の度合いも高まります。

 QPSにおいて、注意しなければならないのは「S(サービス)」です。

 私たちコンサルタント会社は、コンサルティングというサービスを提供してお金をいただいていますが、お金をいただくものはすべて「Q」に入ります。

「S」は「その他のS」だと考えてください。

「知り合いが勤めているから」「店が近いから」「店員さんの対応がいいから」「品ぞろえが多いから」などの理由で店や会社を選ぶことも少なくありません。「店が近い」ということに対し、お金を払うことはないでしょう。

「S」はお金を支払わない「その他」の要素すべてを指します。商品や価格が変わらない場合、「S」がお客さまの購買に大きな影響を与える場合があることは、言うまでもありません。

 お客さまは、このQPSの組み合わせで、自社を選ぶか他社を選ぶかを「相対的」に決めますから、お客さまの求めているクオリティ、プライス、サービスの組み合わせを見極め、かつ、ライバルが提供しているそれらを正確に知ることが、正しい方向づけにおいて大変重要なことなのです。

経営者は一番厳しいお客さまの目を持て

 お客さまが求めるQPSの組み合わせは、時々刻々と変わっていきます。お客さまの懐具合や、経済環境に影響されるからです。景気が悪化したときであれば、所得が減りやすいですから、お客さまが今まで求めていたものと同じクオリティ、同じサービスのものを、より低い価格で提供することが求められることが多いのです。

 牛丼やハンバーガーの値段を見ているとよく分かります。景気が悪化すると、お客さまが求めるQPSの組み合わせ、とくにP(価格)に対する要求がどんどん変わっていっていることに、各社が対応しなければならないのです。

 さらには、お客さまの求めるQPSを見極めるためには、経営者はお客さまの所へ行かなければいけません。頭の良い人は、お客さまが望むQPSの組み合わせを頭の中だけで考えてしまいますが、それではダメなのです。どんなに頭が良くても、お客さま自身ではないからです。

 いつも会社の中にいて、でんと座っているだけでは、どんなに頭が良くてもお客さまのことなど分からないのです。部下の報告だけでは足りません。

 例えば、スーパーやコンビニエンスストアの棚で売られている商品を扱っている会社であれば、実際に売り場に行ってどんなお客さまがどのように買ってくださっているのか、自社商品の周りや隣の棚に他社のどんな商品が置かれているのか、そういう実状を現場で見極めることができなかったら、成功する経営者にはなれないのです。

 製造現場を見ることも同様です。それは頭の良し悪しの問題ではなく、お客さまの視点に立てるかどうかです。 経営者は「一番厳しいお客さまの目」を持たなければならないのです。

 お客さまがモノを買うのであって、経営者が買うわけではありません。経営者の頭の中だけで、お客さまを判断してはいけないのです。謙虚な姿勢でお客さまの動向を見極めようとする姿勢が大切です。

ライバルの動向を素直に客観的に分析する

 QPSの組み合わせを考える時、もう一つ注意しなければならないことは、自社のライバル企業がどのようなQPSの組み合わせをお客さまに提供しているかということです。

 ユニクロやニトリが全国に展開してもうかなりの時が経ちましたが、彼らの出現により、品質(Q)のそこそこ高い商品が、従来より格段に安く(P)提供されるようになりました。それにより、既存の同業他社は少なからぬ影響を受けました。

 携帯各社も通信速度(Q)や価格、サービスでし烈な競争を繰り広げていますが、ライバルの動向により、お客さまが望むQPSの組み合わせが変わり、自社が提供すべきQPSが変わるのです。もし、その組み合わせを変えなければ、高い確率でシェアを落とすことになります。

 ですから、ライバル会社の状況をきちんと把握しておかなければならないわけです。

 ただ、ライバル会社を見るときに、二つのことが必要になります。

 一つは専門性です。自社の専門分野についての知識がなければ、ライバルを分析することはできません。ただし、それについては、自社内や外部の専門家の知恵を借りることができます。

 もう一つ大切なことがあります。それは、経営者がライバルに対して偏見を持っていないかどうかです。実際に、持っていないつもりでも、実は偏見を持っている場合も少なくないのです。内心、「ライバルなど大したことはない」と思っていたり、逆に差がありすぎて「自社は絶対に敵わない」と思い込んでいたりするのです。

 そうではなくて、素直で謙虚な気持ちで、あくまでも客観的に、ライバル会社のQPSがどういう組み合わせになっているのかを見極めることが大切です(これも訓練で必ず向上します。素直に見ようという気持ちが大切です)。

 自分の会社や自社商品に対して、「思い入れ」を持つのは悪いことではありませんし、むしろ思い入れや愛着を持っていなければ、良い商品やサービスを提供したり、良い仕事はできません。ただ、「思い入れ」が過ぎると「思い込み」になります。思い込みを持つと、バイアスが掛かってしまうのです。

 経営者としてはもちろん、ビジネスマンとして成功したいなら、素直な目で物事を見ることがとても大切です。 松下電器(現パナソニック)の創業者である松下幸之助さんは、「人が成功するために一つだけ資質が必要だとすれば、それは素直さだ」とまでおっしゃっています。

 素直さというのは、つまり謙虚さなのです。

 素直で謙虚な目で、お客さまのこと、ライバル会社のことを見ることができるかどうか。それが、経営者に求められる大切な資質なのです。

 また、素直な人は、他人の知恵を活かすことができます。いつも素直で謙虚でいたいものです。

小宮一慶(こみや・かずよし)
経営コンサルタント
株式会社小宮コンサルタンツ代表取締役会長CEO
十数社の非常勤取締役や監査役、顧問も務める。
1957年大阪府堺市生まれ。京都大学法学部を卒業し、東京銀行に入行。84年から2年間米国ダートマス大学経営大学院に留学し、MBA取得。帰国後、同行で経営戦略情報システムやM&Aに携わったのち、岡本アソシエイツ取締役に転じ、国際コンサルティングにあたる。その間の93年初夏には、カンボジアPKOに国際選挙監視員として参加。94年5月からは日本福祉サービス(現セントケア・ホールディング)企画部長として在宅介護の問題に取り組む。96年に小宮コンサルタンツを設立し、現在に至る。2014年より、名古屋大学客員教授。
著書に『社長の教科書』『ドラッカーが「マネジメント」でいちばん伝えたかったこと。』(ダイヤモンド社)、『どんな時代もサバイバルする会社の「社長力」養成講座』『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』『ビジネスマンのための「数字力」養成講座』『ビジネスマンのための「読書力」養成講座』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『「1秒!」で財務諸表を読む方法』『図解キャッシュフロー経営』(東洋経済新報社)他、100冊以上がある。

※次回は、6月28日掲載予定です。