日本で和牛の代名詞と言えば、「黒毛和牛」だ。その名の通り毛は黒色で、正式名称は黒毛和種。食肉用和牛の実に95%以上を占め、国内の飼育頭数は約180万頭にも及ぶ。神戸ビーフ、松阪牛、近江牛、米沢牛など、有名どころのブランド牛は、当然のごとく黒毛和牛だ。スーパーでもレストランでも、焼肉屋でも、高級牛肉としてもてはやされている。
特に人気を集めているのが、肉の中に「さし」と言われる脂肪が多く含まれる霜降りの黒毛和牛だ。牛肉には、日本食肉格付協会が定めた、肉質の等級を判定する評価基準があり、1等(最低)~5等(最高)の5段階でランク付けされる。評価項目は4つで、そのうち半分が脂肪に関するものだ。
つまり、専門用語で「脂肪交雑」と呼ばれる霜降りの量が多く、脂肪の光沢や質が良いものほど、評価は高くなる。店頭や焼肉屋のメニューで見られる「5等」の最高級牛肉は、脂肪分の比率は4割を超えるとも言われる、脂肪たっぷりの牛肉なのだ。
真っ白なキレイな「さし」が多く入った霜降りは、確かに美味しい。しかし、その味の多くが舌の上でトロける脂肪に支配される。食べているのは、脂なのか肉なのか、わからなくなりそうだ。
そんな霜降りの黒毛和牛一辺倒の現状に一石を投じるのが、今話題の「あか毛和牛」(褐毛和種)である。読んで字のごとく、毛は褐色。大きな特徴は、放牧で育てられることだ。生まれた子牛は、母牛と共に大自然に放たれ、母乳を飲んで育つ。離乳後は牧草や野草など、草食動物である牛に適した粗飼料が与えられる。
黒毛和牛は、基本的には牛舎につながれている。しかも、一般的に短期間の肥育で脂肪を多くつけるために、エサはエネルギー価の高い穀物飼料が中心だ。そうやって、黒毛和牛は丸々と太るわけだが、あか毛和牛はまさにその真逆の環境で育つのだ。
気になるのはその味である。牧場でのびのび育ったあか毛和牛の肉は、赤身が多く適度にさしが入るが、赤身と聞くと「肉が固いのでは」「味が淡泊なのでは」と思うかもしれない。しかし、「全日本あか毛和牛協会」の記者発表会に参加し、試食してみたステーキやローストビーフには、良い意味で裏切られた。
和牛ならでは柔らかさを備え、非常にジューシーなのだ。噛めば噛むほど肉のうま味もジワッと広がる。黒毛和牛に慣れた舌には新鮮で、「これが肉の味と言うものか」と初体験した気になるほど、インパクトがあった。
会見には、実家が焼肉屋で自らも焼肉店を経営するタレントの藤本美貴さんも出席した。藤本さんは、「赤身と脂肪のバランスが良く、ヘルシーで、しかも美味しい。脂肪を気にする女子に喜ばれると思う」と絶賛。
最近焼肉店などで大食の男性並みに肉を平らげる女性が増えているようだが、それでも体型は気になるところ。あか毛和牛は、そんなダイエッターな肉好き女子の心に、ジャストミートする牛肉と言える。
ただ、あか毛和牛にとって悩みの種が、脂肪が少ないぶん、従来の評価基準では等級が低くなることだ。そこで、全日本あか毛和牛協会では、肉質だけでなく、「粗飼料の割合」「放牧の状況」など、育て方も加味した4段階の評価基準を新たに制定。今後順次認定していく計画だ。また、個々の牛のトレーサビリティや格付けなどの情報を提供するウェブサイト「あか毛和牛なび」を開設し、消費者への訴求にも力を注ぐ。
欧米のように、調理にバターやクリームなどの油脂をあまり使わない日本で、もともと脂が多い霜降りは重宝され、消費者の人気も集めた。しかし、あまりに行き過ぎた霜降り信仰に、昨今食の健康志向が加速する中、見直し気運も出てきている。あか毛和牛を提供する店が増え、日本人の偏った味覚が修正されることを期待したい。
(大来 俊/5時から作家塾(R))