吉田 ドラッカーは『現代の経営』(注5)で、「目標管理の最大の利点は、支配によるマネジメントを自己管理によるマネジメントに代える」ことだと言っています。星野リゾートのスタッフの(さまざまな作業を協力してこなす)マルチタスクも、仕事の拡大にも通じる喜びなのだと思いました。

星野 なるほど。確かに、そういう見方もありますね。マルチタスクは、主に生産性の向上という観点で考えていました。

吉田 星野さんは、「観光に従事する者は、お客さまを喜ばせたいという気持ちを持っているはずだ。私はそう信じたい」とおっしゃっていますね。国を問わず、信じて任せてくれることは嬉しいから、張り切ります。

星野 そこでこちらは、自由に活動してもらえる領域を広げていく。この信頼関係がうまく働くためにも、フラットな組織が不可欠なのです。

 私は「日本旅館メソッド」と呼んでいますが、現場のスタッフが自分たちで考え、発想して新しいサービスをどんどん生み出す運営方法は、すごく日本らしいと思うのです。建物は舞台であり、そこで演じるのはスタッフ一人ひとりです。

 リゾートでは集客も大事な仕事ですから、シーズン毎に魅力を発信しなければなりません。「今度はなにを発信しようか」と季節らしさ、地域らしさ、そして自分たちのこだわりを乗せて進化していく。これが日本らしさだと思いますね。

おもてなしは「こだわりの押しつけ」でいい

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吉田 当事者意識の高いマルチタスクが、日本らしい独自性やオリジナリティにつながっていくわけですね。星野リゾートが「ホスピタリティ・イノベーター」を標榜しているのも、そうした意図があってのことでしょうか。

星野 日本の旅館やホテルチェーンは、世界から見れば規模が小さく、しかも後発組なのです。そこにチャレンジしていくのですから、イノベーターでなければならない。それが一義的な意味です。

 もう少し踏み込んでお話しすると、日本の宿泊業では「おもてなしこそが日本らしさだ」と誰もが言います。私もそう思います。ただ、「おもてなしとはなにか」と問えば、誰もが「親切で、気が利いて、顧客の心を思って先回りしてサービスを提供することだ」と言う。ここが問題なのです。

注5 現代の経営
1954年に出版された、世界初のマネジメント書。有名な「顧客の創造」という言葉が初めて登場したのも本書であり、企業の機能はマーケティングとイノベーションの2つに尽きる、とした。ちなみに邦訳は上下2巻だてとなっており、文中の「目標管理の最大の利点」について述べられているのは、上巻第11章。