専門職の地域支援と住民活動を一体化

 広島県御調町(現尾道市)で1970 年代に、町立みつぎ総合病院を軸にして町役場の福祉や保健行政を集中させるとともに、専門職の医師や看護師、保健師の地域訪問をフル稼働させる運動が展開された。町立の特養や老健をはじめ地域住民の地域活度も加わった。

 当時、病院を退院した住民が、褥瘡(床ずれ)やうつ病、認知症などでより症状を悪化させて再入院するケースが続出していた。共働きや核家族化による家族介護力の低下による引きこもりをはじめ、食生活や療養環境の悪化など複数の要因が重なったためだ。

 そこで病院長の山口昇医師が、地域全体で各職種を総動員して医療や介護の充実を図らねば、という思いで始めたものだった。専門職の地域支援と住民活動を一体化させた活動が「みつぎ方式」と呼ばれるようになる。

 その考え方が、「地域包括ケア」という用語と共に国の政策として登場してきたわけだ。医療主導の「みつぎ方式」が、介護主導へと修正されてはいるが、ヘルスケアの地域資源を横断的に活用しようという発想は同じだ。

 国は「地域包括ケアシステム」の実現目標を団塊世代が75歳以上となる2025年とした。医療や介護の利用が急増し、現行制度では財政難、人材難で対応が難しい。そこで、まちづくりや地域社会の再生と結びつけた新政策で乗り切ろうと「地域包括ケア」を展開させようとしている。

 医療機関や福祉施設は、必要性がある人たちだけが利用する特別なところだった。その考え方を改め、多様な専門職を交えて普通の地域住民も一体となり高齢者の暮らしや療養生活を支えようという施策である。

 経済成長の「果実」を再配分する「負」の財政支出とされていた社会保障を地域再生のエンジン役に転換させる試みともいえる。「心身の老衰が進んでも、最期まで住み慣れた地域で在宅を基本とした暮らしを続けよう」という理念を掲げ、そのための「地域ごとの医療・介護・予防・生活支援・住まいの(5要素で築かれる)継続的で包括的なネットワーク」と定義される。