社員7人の町工場ながら「完全残業ゼロ」を続けている「吉原精工」。第1回では、同社の残業ゼロの取り組みを紹介したが、他にも同社には「ボーナス手取り100万円」「年3回の10連休」「会議や朝礼は原則なし」「遅刻は評価に影響しない」という独自の考え方や制度が数多くある。その根底には、吉原会長自身がサラリーマン時代に体験した「社員目線」の考え方があった。『町工場の全社員が残業ゼロで年収600万円以上もらえる理由』(ポプラ社)も上梓した吉原会長の経営改革とは。(吉原精工会長、吉原博)

「ボーナス手取り100万円」「年3回の10連休」社員目線の吉原流・経営改革Photo by 金壮龍

サラリーマン経験から考える「社員が嫌がる働き方」

私は10年近くサラリーマンでした。
サラリーマンの経験は、私が経営者として「社員の立場で働くなら、何が嫌なのか」「社員が喜んでくれる経営とは」といったことを考えるうえで、非常に役立っていると思います。

たとえば残業に関して言えば、サラリーマン時代に私が嫌だったのは「見せるための残業」でした。部下は、上司に頑張りを見せるために残業をしたり、「上司が残業しているのに先に帰れないから」と残業したりします。
一方の上司は、部下が頑張っていると帰りにくいという理由で残業をします。そういったお互いに「残業していますよ」と見せるための残業は非常に多く、本来は定時で帰れる日でも残業をする社員は少なくありませんでした。

また、多くの会社では朝は厳密に遅刻をチェックするのに、退勤時間についてはルーズです。これも、おかしな話だと思っていました。
最初に勤めた会社は8時始業でしたが、1分でも遅れれば「遅刻」扱いとなりました。総務部でチェックしていましたし、おそらく遅刻が多ければ昇進・昇給などの人事評価に影響があったのではないかと思います。その一方で、就業後に30分や50分程度残業しても、まったくチェックされませんでした。これも今なら問題視されると思いますが、当時の勤務先では、1時間以上残業すると、初めて「残業」とみなされて残業代がつくというシステムだったのです。
「朝の5分の遅れはチェックするのに、50分の残業がなかったことにされ、評価されないのはおかしいのではないか」
私はそんな不満を抱いていました。

吉原精工では、私自身がサラリーマン時代に嫌だと思っていたことは社員にやらせないようにしています。

まず、前回の記事で紹介したとおり、残業は徐々に減らし、今では「残業ゼロ」です。もちろん、早出を要求することもありません。

他にも、吉原精工では原則として会議をしません。朝礼もありません。
創業から36年間で、おそらく「会議」と呼べるような社員の集まりは5回程度しか開いていないと思います。会議をやったのは、バブル崩壊、ITバブル崩壊、リーマン・ショック後の経営危機のときだけです。もちろん会議は就業時間内で行いました。

「会議や朝礼をしない」と言うと、「どうやって業務上必要な情報を社員に伝えるのか」と聞かれることが多いのですが、昼休みにお弁当を食べているときなど、社員が揃っているときに伝達すれば済みます。あるいは業務中に何か伝えるべきことがあったら、現場で「ちょっとみんな集まって」と声をかけ、その場で話をします。いずれも、伝えるべきことだけ伝えるなら、ものの1分もかかりません。つまり、必要なときに適宜、社員を集めるか社員が集まっている場で話をすれば済む、ということです。

会議をやらなければ、私も社員も会議に向けて準備をする必要がありません。
会議を開くとなると、「会議のための資料」を作ることが多いようですが、私は、社内会議のための書類作りというのは、ムダな仕事の最たるものではないかと思っています。
ほかにも、「15時から会議を開く」などと決めれば、その時間に会議に出られるよう参加者全員が仕事を調整することになります。
「14時40分に手元の仕事が終わったけれど、会議があるから次の仕事にはかかれない」といった状況が生まれれば、仕事の効率性が下がってしまいます。皆が定時に帰るように1分1秒を争っている状況で、こうした時間があってはいけません。

吉原精工では、社員が遅刻をしても評価に影響することはありません。タイムカードをつけて5分、10分の遅刻をチェックすることに意味があるとは思いません。
「社員がルーズになるのではないか」
と尋ねられることがありますが、「利益の半分はボーナスの原資にする」(後述)という仕組みや、会社が利益をきちんと上げていれば昇給もするという仕組みが確立していることもあり、吉原精工には手を抜く社員はいません。

私は、「頑張れば(給料や待遇などを)きちんと払う」仕組みと社員の頑張りはセットなのだと思っています。

もちろん、世の中には「きちんと払う」ことで報いるのではなく、ほかの手段をとる会社もあります。「ウチの仕事はやりがいがある」などと社員を鼓舞したり、社員の誕生日に派手なお祝いをしたり、表彰をしたりするなど、「社員のモチベーションを上げる」といわれる手段はいろいろあります。
しかし私は、「自分がサラリーマンの立場だったら」と考えると、こういったやり方では納得してがんばれません。経営者としても、社員のモチベーションアップのためだけに、本質的とはいえない方法を考える気にはなれません。

私は、社員がする仕事に対して十分な報酬で返すこと、休日などの社員に対する待遇をよくすることこそ大事であり、最も効果的かつ強力にモチベーションを上げる方法になると考えています。