竹中 もっとさかのぼると、現エドウィン・ライシャワー東アジア研究所長の政治学者ケント・カルダーが非常に面白い分析をしています。著書『Strategic Capitalism』(邦訳『戦略的資本主義 日本型経済システムの本質』日本経済新聞社、1994年)のなかで、日本では1960年代さえも民間の力が強かったことを指摘しているんです。
たとえば川崎製鉄所が60年代に大型の一貫製鉄所を造ろうとすると、需給バランスが崩れることを恐れた通産省だけでなく、外貨が足りないことを心配した日本銀行からも反対された。しかし、そのときにサポートしたのは、日本の商業銀行だったというわけです。だから、当時からして日本の戦略本部は、霞が関(中央省庁)や政府、中央銀行ではなく、大手町の金融街にあった、というのがカルダーの研究結果で、私もそう思います。日本は中国とは違って、かなり早い時期から民間の力が強かったのではないでしょうか。
一方で中国の場合、政府主導型がワークするのは、中国政府の主導力が強いからではないでしょうか。
なにしろ、「中国はGDP数値すら、政府がコントロールしている」とからかい半分に言うほど、政府の力は絶大です。実際、中国のGDPは四半期末から2週間ほどで発表されるのですが、そんなに素早く統計が出せるなんて、あり得ないでしょう(笑)。アメリカだって4週間、日本も短縮しようとはしていますが6週間かかります。しかも、中国では速報値を発表した後、それを精査した確定値が出されることはない。要するに、政府がすべてGDPの数値も「決めている」のではないか、というわけです。李克強首相も、国内の経済状況をウォッチするのにGDPより電力消費量や貨物輸送量を注視しているといわれ、“李インデックス”と呼ばれていますよね。これほど政府にコントロールされた経済であるとすると、やはり良くも悪くも60年代の日本経済とは根本的に違うと思います。
イノベーションも政府主導で起こせるのか
アリソン より強大な政府の主導力をもって国家資本主義を推進する中国は、日本あるいはアメリカがなしえなかったほどの成長を実現できると思いますか。あるいは頓挫するか?ここまでのところ、中国は模倣することで非常にいい製品を作り出してきましたよね、通信関連にしろ、鉄道にしろ……。
竹中 大変難しい質問だと思います。ただ私は次のように考えています。
中国は規制によってグーグルやアマゾンが参入できない状況ですよね。そういう鎖国状態であっても、国内だけで人口は13億人いますから、どんな産業であれ規模の経済性が発揮され、競争力が非常に高まっているのではないでしょうか。特に、現代の産業は研究開発投資がかさみやすいため、規模の経済がはたらきやすくなり、中国の成長を加速させているように思います。
問題は、追いつけ追い越せというキャッチアップの過程はアメリカやヨーロッパで起きたイノベーションを取り入れて大きくなってきたけれども、その後、中国が世界のフロントランナーになったときにイノベーションを起こして成長を維持できるのか、という点です。
私が経済財政政策担当大臣だった2000年代初頭、CEA(大統領経済諮問委員会)委員長だったグレン・ハバードが、コロンビア大学に戻って書いた経済学の教科書(邦訳『ハバード経済学1~3』日本経済新聞出版社、2014年)は300以上の大学でテキストとして使われていますが、そこに大変面白いことを書いています。イギリスで世界初の産業革命が起こったのは、世界中で最も早く「法の支配」を確立したからであり、自由と権利を認めるルールがないとイノベーションは起こらない、と言っている。彼だけでなく、ノーベル経済学賞を受賞したエドマンド・フェルプス・コロンビア大学教授しかり、オーソドックスなエコノミストは同じように、法の支配がなく自由がない国でイノベーションは起こらない、と考えていたのではないでしょうか。日本経済研究センターという日本で老舗の経済シンクタンクも、「中国ではやがてイノベーションが起こらないために“中所得国の罠”にはまって、2030年頃には中国の成長率は3%を下回るだろう」という予測を出していました。今日は「罠」の話が多いですけれど(笑)。
しかし今日に至っても、中国の成長の勢いは止まりません。ここは将来にわたる大いなるクエスチョンです。自然なストーリーとして予想できるのは、しばらく中国の発展は続くものの、徐々にサチュレートしていく、というところでしょう。
アリソン どうなるか。長年研究していますが、予測通りいかないことが多いのが中国です。