そう思っていたときにふと本棚を見ると、ビジネススクール時代に読まされたエリヤフ・ゴールドラット氏の『ザ・ゴール』(邦訳小社刊)というストーリー形式のビジネス書が目に留まり、ファシリテーションこそコンテクスト(背景)なしにはわかりにくいスキルだということに気づいたのです。

なぜ、ファシリテーション・スキルを物語で伝えるのか?ファシリテーションを学ぶ人たちのバイブルとなっている森氏の『ザ・ファシリテーター』シリーズ(いずれも小社刊)。

 コンテクストなしにはわかりにくいというのは、言い換えれば、ファシリテーションには状況依存性があり、かつ状況固有性があるということです。同じ小売りの現場でも、参加者の反応や態度、ファシリテーターとの関係など、いろいろな要素によって実際のワークショップはずいぶん違うものになります。読者が自分の置かれたコンテクストの中で考え咀嚼するには物語のほうがいいと思うのです。

 そういう考えから『ザ・ファシリテーター』『ザ・ファシリテーター2』ではメーカーを舞台にした物語のなかでファシリテーターの活躍を描き、今回は誰にでもなじみのある小売業を舞台にして『ストーリーでわかるファシリテーター入門』を書きました。

ソフト・リーダーシップが
これからのキーワード

──本書はたんにファシリテーション・スキルを伝えるだけでなく、経営者や現場のリーダーに気づきを与えるメッセージが散りばめられています。その中で森さんがとくに伝えたかったメッセージは何ですか?

 私がとくにお伝えしたかったメッセージは、2つです。

 1つめは、経営と現場のコミュニケーション・ギャップに関わるものです。経営者の言葉や会社の方針を現場に伝えようとしていない会社はないと思います。しかしそれが伝わったかどうか? それによって行動が変わったかどうか。実際にはそれらの言葉や方針を咀嚼できずにいる現場が非常に多いのです。本書では、この問題に対する解決のヒントを提供しようとしています。

 2つめは、地味で即効性がなくても現場の考える力を高める取り組みが必要だということです。経営用語でいえば「学習する組織」への転換です。学習する組織とは、自ら考え学習する高い能力を持ち、自己変革をくり返して環境に適応していく組織のあり方です。

 多様性が増し、激しく変化する時代です。経営層と現場のそれぞれが自律的に機能し、両者が噛みあうような組織をつくることがますます重要になっていると思います。

 これは、人間の脳と身体の関係に似ているかもしれません。これまで私たちは脳が指示を出して身体を動かしていると思っていましたが、じつは身体のさまざまな部位がメッセージ物質を出して脳に送っていたり、筋肉が記憶力を高める物質を出していたりと、両者は想像以上にインタラクティブな関係にあることが様々な研究からわかってきました。

 では、どうすればいいのか。そのキーワードとなるのが、前回もお話ししたソフト・リーダーシップだと私は思っています。

 権威主義型のハード・リーダーシップではなく、ファシリテーター型のソフト・リーダーシップに舵を切ることにより、現場とのインタラクティブな関係を築けるだけでなく、知恵とやる気を促して現場のあり方を変えていくような「学習する組織」をつくることができると思います。

 様々な仕事がAI(人工知能)に取って代わられる時代に、私たち人間はどうすれば高い価値を生み出せるのか。その答えは組織をより学習能力の高いものにしようとする中から生まれてくると思いますが、そのための基本スキルがファシリテーションだと考えています。

(写真撮影:宇佐見利明)

※次回は3月20日(火)に配信致します。