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 そんなことができる理由は、図形的な構図を脳裏に正確に組み込む能力が尋常ならず高いからだ。脳の前頭葉の一部が大きく発達しているらしい。大昔、中平邦彦の著書『棋士・その世界』を読んだときの記憶だが、二上達也九段だったか、山手線の満員電車からバーッと降りてくる人々を見て、「男が何人で女が何人、眼鏡をかけていた人は……」などとその特徴を正確に言い当てたという。誇張された話かもしれないが、全体的には頭脳レベルの高い集団であることは確かと言えそうだ。

 しかし一方で、「将棋の強者が語学などをやるとちっとも覚えられない」という話も聞く。「棋士は数学が強い」というのも、必ずしも当たっていないという。頭がいいというよりも、一部の能力が突出して高い人たち、という言い方のほうが適切かもしれない。

知られざる棋士の「学歴」事情
プライドとコンプレックスは裏腹

羽生と藤井の熱戦、あなたも「将棋通」になれる雑学講座羽生と藤井の熱戦。このとき「将棋のレジェンド」の胸中は意外なものだった? Photo by Masao Awano

 頭脳に通じる話として、学歴にも触れたい。棋士は皆学歴が高いと思いきや、実はそういうわけでもない。かつて棋士を目指す人は、師匠に弟子入りして中学までしか進学しないことも多かったのだ。多くの棋士は学歴と棋界での成功は関係ないと思っているようで、それを象徴する有名な言葉が、「兄貴たちは馬鹿だから東大に行った。私は賢かったから棋士になった」というもの。これは米長邦雄の言葉だ。

 そんな言葉、一度でも吐いてみたいと思うが、かつて取材した谷川浩司は「あれ、私が言ったと思っている人がいて困るんですよ」と苦笑した。谷川の兄は東大将棋部出身、棋士ではないが10代の頃の羽生と互角の勝負もした強豪だった。もっとも、控えめな性格の谷川が米長のような発言をするはずもない。谷川は神戸の滝川第二高校に通ったが、「家に帰れば将棋の勉強なので学校で全部覚えるようにした」という。覚えられるのだからすごいが、きっと藤井聡太もそうなのだろう。

 ただ一方で、学歴コンプレックスが垣間見える場面もある。たとえば、1993年11月に将棋界を激震させた森安秀光九段(当時44)の刺殺事件だ。名人も狙えると将来を嘱望され、棋聖に輝いたこともある森安を西宮市の自宅で刺殺したのは、なんと12歳の長男だった。巻き添えとなった妻も大けがをした。