アメリカは、ここ数十年にわたって「脱工業化経済の下でも生き延びられる」という仮説を検証してきた。しかし、2009年のマッキンゼー賞受賞論文「競争力の処方箋」の筆者ゲイリー・ピサノとウィリー・シーは「いますぐこの実験をやめなければいけない」と警告する。この実験によって、アメリカは、金融とITでグローバル・リーダーの座を獲得したが、その結果、「ものづくり」の力が弱体化してしまった。しかも、このような傾向のせいで、今後ますます重要かつ有望と目されている環境技術やエネルギー、バイオテック、航空宇宙、ハイテク医療機器などの分野において、かつての優位性が脅かされつつある。
ピサノとシーは、製造部門を単にコスト・センターと見なすのではなく、イノベーションのために不可欠な場合とアウトソーシングしてもかまわない場合を見極める必要があると訴える。本稿では、これを見分けるツールとして、「製造技術の自律度」(R&Dと製造はそれぞれ自律しており、切り離しても支障がないかどうか)と「製造プロセスの成熟度」の2軸から成るマトリックスを紹介しながら、アメリカ製造業におけるイノベーションのあり方、そのために連邦政府が果たすべき役割について解説する。
やみくもに製造部門を外部化してきた罪
どのように製造サービスを調達するのか、アメリカ企業の大半が、国内に生産拠点を置くことの戦略上の意義をいっさい考慮することなく、一部の財務指標だけで決めている。すなわち、新工場の提案を他の投資案件と同じように扱い、ROIに基づいて厳格に判断している。
Gary P. Pisano
ハーバード・ビジネス・スクールのハリー E. フィギー, Jr. 記念講座教授。経営管理論を担当。
ウィリー C. シー
Willy C. Shih
ハーバード・ビジネス・スクール教授。マネジメント・プラクティスを担当。
その議論では、税制、法規制、知的財産、政治の状況への配慮も重視されるかもしれないが、上層部は製造部門を主にコスト・センターと位置づけており、アウトソーシングや海外移転が自社のイノベーション能力に及ぼすであろう影響を軽視している。それどころか、製造活動を企業のイノベーションを支える仕組みの一部と見ることはまずない。
この結果、これまで我々が論考で述べてきた通り【注】、製造拠点は軒並み海外へ移されてしまった。
このような海外移転が大量に行われたせいで、何かを発明したり品質とコスト競争力に優れた製品を生み出したりするうえで欠かせない国内のケイパビリティに深刻な打撃が及び、多くの産業部門を見ると、グローバル市場におけるアメリカの優位性は衰退し始めている。
そのツケは、この数十年間で、フラット・パネル・ディスプレー、先端電池、工作機械、金属成形(鋳造、スタンピング、冷間鍛造など)、精密軸受け、光電子工学、太陽エネルギー、風力タービンなど、さまざまな分野に回ってきた。またバイオテクノロジー、航空宇宙、高性能医療機器といった分野でも、いまやアメリカの優位性は脅かされている。
問題の一端は、製造がイノベーションに不可欠な場合と、設備投資を抑制するために低コストのアウトソーサーへ任せてもかまわない場合とを見分けるのが恐ろしく難しい点にある。
本稿では、ビジネス・リーダーや政策当局者がその見極めをする際の一助となるフレームワークを提示する。我々は、このフレームワークに基づいてより賢明な調達判断がなされ、ひいてはイノベーションを原動力としてアメリカ経済が再活性化することを願っている。
【注】
Gary P. Pisano and Willy C. Shih, "Restoring American Competitiveness," HBR, July-August 2009. (邦訳「競争力の処方箋」DHBR2010年1月号)を参照。