実はさっぱり分かっていない「好き嫌い」というメカニズム『好き嫌い 行動科学最大の謎』
トム・ヴァンダービルト著
(早川書房/2100円)

 人の好みはどのように形成されるのか。なぜ、自分は阪神タイガースのファンで、競走馬のステイゴールド産駒を贔屓(ひいき)するのかと聞かれれば、要するに「蓼食う虫も好き好き」であり、うまく説明はできない。

 ところが、今はAI(人工知能)とビッグデータの時代である。米アマゾンのサイトなどの「あなたへのおすすめ」(You May Also Like=本書の原題)で提示される本が、妙にツボにはまることがある。顧客の購入履歴がリアルタイムに分かる今日では、個人の趣味などは素通しだ。このような時代に、「好き嫌い」のメカニズムはどこまで解明されているのか。

 この漠然としたテーマを追い求めて、本書は「食べ物」「映画」「書籍」「美術館」から、果ては「猫」や「ビール」までを取り上げる。

 著者のトム・ヴァンダービルトは、米ブルックリン在住のサイエンス・ライターである。世界各地の専門家たちを訪ねて回る過程で、好き嫌いに関するさまざまなウンチクが披露されていく。心理学では、男女問わず、色は青、数字は7が好まれるという「青7現象」が古くから知られていた。ところが、それはなぜか? と尋ねられると、確かな答えは見当たらない。

 どうやら好みとは、後天的に学習するものらしい。私たちは知っているもの、覚えているものを好きになる。そして、好みは時とともに移り変わる。子どものころに大好きだったものも、大人になると印象は変わってしまうのだ。

 インターネットの時代になれば、他人が何をしているかを知るのが容易になる。その結果、好みは収斂しやすくなる。少数派のロングテール商品は振り向かれず、ヒット曲がますますヒットするようになる、との指摘は心に刺さる。

 それはそうだ。今や、世界中の誰もが評論家になれる。本を買う際に、書評を見て決めるという人はどれくらいいるのだろう?

 米雑誌「WIRED」や、オンライン・マガジンの「Slate」といった媒体に寄稿するだけあって、著者は軽妙な文体でオタク的雑学を振り撒(ま)く。哲学者のオルテガ・イ・ガセットを引用するかと思えば、映画やスポーツも引き合いに出す。訳者の苦労が偲(しの)ばれる。

 もっとも、米ニューヨーク在住のウディ・アレン監督による都会派コメディの微妙な部分を私たちが完全に理解できないのと同様に、致し方ないことなのであろう。

 さりとて、「理解できない部分があるから嫌い」と本書を敬遠するのは実にもったいない。「好き嫌い」について、無関心ではいられないハッとする一言がきっと見つかるはずである。

(選・評/双日総合研究所チーフエコノミスト 吉崎達彦)