2018年9月、ある人物の一生を描いた評伝が刊行された。社会科学の統合という壮大な目標を掲げ、数学、経済学、社会学、心理学、政治学、宗教学、法律学などを世界の超一流学者から学び、自家薬籠中のものとした異能の天才──その人物の名は小室直樹。自らを“ルンペン”と称しつつベストセラーを連発し、田中角栄を起訴した検事を「殺せ!」と叫ぶなどした一方で、ソビエト崩壊をいち早く予言した破天荒な学者はいかなる人生を歩んだのか。小室氏の死から8年、その生涯を膨大な取材と資料を元に『評伝 小室直樹』としてまとめた村上篤直氏にお話を伺った。後編では、小室氏の学問的功績とさまざまな人物との関わりについて語っていただいた。[前編はこちら](聞き手/ダイヤモンド社論説委員 坪井賢一)
『危機の構造』と「社会科学の統合」
坪井賢一(以下、坪井) 村上さんが小室先生の著作や理論のなかで最も重要だと思うものは何ですか?
1972年愛媛県生まれ。1992年東京大学教養学部理科II類中退。97年東京大学法学部卒業。99年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程中退。弁護士(新64期)。橋爪大三郎編著『小室直樹の世界』(ミネルヴァ書房)にて「小室直樹博士著作目録/略年譜」を執筆。Webサイト「小室直樹文献目録」管理人。今回の『評伝 小室直樹』が初の単著となる。
村上篤直(以下、村上) 著書としては、ダイヤモンド社から1976年に出た初の単著『危機の構造』ですね。これはダイヤモンド社に気を遣って言っているわけではなく(笑)、日本の名著100冊に必ず入れるべき作品だと本当に思っています。その後の小室先生の著作は、ある意味では『危機の構造』で語ったことの繰り返しとさえ言えると思います。日本の社会というのは戦前と戦後で変わっていない。機能集団である会社が共同体化してしまい、その矛盾が日本社会の危機の構造である、と実に見事に納得のいく説明をされている。そこで用いられ、日本の構造的無規範、無連帯を分析した「アノミー」の理論は今でも十分に通用するものです。
坪井 『危機の構造』はダイヤモンド社にとっても非常に重要な作品です。編集を担当した曾我部洋氏は『評伝 小室直樹』のなかでも重要人物として登場しています。早世した曾我部氏は私にとっても懐かしい先輩です。