この記事は、『マーケティングの仕事と年収のリアル』の著者・山口義宏氏と、『錯覚資産本』の著者・ふろむだ氏によるチャット対談をベースにしたものです。

プロローグで説明されたように、今回は、「これから台頭する人、落ちぶれる人の4つの条件」の3つめ、
(3)マーケティング業務だけの部分最適を行うのではなく、経営者のように、会社全体を把握し、全体最適のマーケティングを行う人材が台頭する。
について詳細に解説します。

部分最適ではなく、全体最適のマーケティングを行う人材が台頭する

「全体最適」の人材を育てる最適な方法

これも、まずはチャットでの山口さん発言から見てみよう。
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将来有望なのは、それらの専門領域の判断を、上位で統合判断するための知識だと思います。それは、業務プロセスを俯瞰し、何を自動化すべきかを判断する力であり、業務プロセスに限らず、人事・組織、事業戦略、財務戦略といった、一見、マーケティングとは距離のありそうな、でも、判断に影響を与える要素の専門性が、マーケターが良いキャリアをつくり、生き残るための鍵になると思います。

また、IT~技術に造詣が深く、いち早くそれを取り込むのが早いのもマーケターとして大きな差別化になり、有望な競争軸です。

実際に、最近デザインの世界で大きな影響力を持つtakramやTHE GUILDEといった会社をみていても、そのポジショニングをつくった要因は、純粋なデザイン力だけでなく、先端技術の取り込みの早さと、周辺領域のナレッジの深さ~統合力にあると感じます。

佐藤可士和さんも同様で、彼のフィーの時給の高さは、普通のデザイナーの軽く100倍以上はあると思いますが、その要因がデザイン力の差だけではないと感じます。私は直接佐藤可士和さんを存じ上げないですが、何名かクライアントの経営者が重複しており、佐藤可士和さんへの高い評価として、デザイン能力への信頼だけでなく、それ以外の部分への理解や統合力、そしてビジネス成果へのコミットメントの高さを口にされます。
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(ふろむだ発言)
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結局のところ、会社としては、マーケばかり部分最適しても、全体最適にならないと、美味しくないですからね。全体最適になるようにマーケの仕事をこなしてくれるマーケターの需要が高くなる、というのは、とてもよくわかります。

僕は、そういう人材を育てるのに一番ROIが高い手法は、経営会議メンバーにしてしまうことだと思ってるんです。とにかく、伸びしろがありそうな人を、じゃんじゃん経営会議に入れちゃうんです。

経営会議がめっちゃ大人数になるので、すごい非効率なんじゃないかってよく言われるんですが、逆になんですよ。

経営会議っていうのは、企業の中で、最強の教育機関だと思っていて、才能ある人間がそこに放り込まれると、考えられうる限り、最速のスピードで成長します。その恩恵を、会社でもっとも優秀な人材に施せば、会社は、ものすごく強くなるんです。

経営会議で議論が割れたときなど、若手にも、どんどん意見を求めます。最初のうちはしょぼい意見しか言えませんが、しょぼい意見しか言えない自分に焦りを感じるのか、猛烈に勉強するようになります。それも、「経営会議でいい意見を言えるようにすること」という目標設定で勉強すると、めっちゃ目線が高く、質の高い勉強になるんです。

もちろん、経営会議議事録は、リアルタイムでGoogleドキュメントで書かせます。
外してることを書いたら、リアルタイムで、じゃんじゃん修正・加筆していきます。
それを見て、議事録の書き方を、体で覚えていくんです。

また、何が問題なのか、何が決まったのか、今後どうすべきなのか、会社全体の経営課題に関する意識がすごく高まります。すると、普段の仕事のクオリティも、ぐんぐん上がっていくんです。

結局のところ、経営会議で決まった「結果」だけを部下に伝えても、人材はなかなか育たないんです。

会社の最もハイレベルな人材たちの紆余曲折の議論を経て、その結論にたどり着いた、その全過程を、微妙な表情の変化や、間や、声のトーンまで含めたニュアンスとして受け取ることが、クリティカルに重要なんです。

そこまで理解すると、現場での判断が、経営会議の判断とずれることが、少なくなってきます。すると、「現場の困った問題」が経営会議に持ち込まれることが減って、会社全体の生産性も上がるんです。

なぜかというと、経営会議の価値観を共有する、経営会議の出張所が、会社全体に神経網として張り巡らされるからです。会社の隅々にまで、経営会議の意思が、かなり深いレベルで浸透するからです。

これは、人材を育てる側のコスト削減にも、大きく役立ちます。
人材を育てるには、非常に大きな手間と時間がかかります。
それは必要コストと割り切って、投資するしかない、と我々は考えがちです。
しかし、彼らを経営会議に放り込むだけで、ほとんど手間をかけずに、劇的な成長を遂げてくれるので、人材育成にかかる手間が、大幅に削減されるんです。

「あまり大人数だと、意見が割れて、議論にならないのでは?」
という心配をする人もいますが、議論が錯綜するのは、人数の問題じゃないです。少人数だろうが、大人数だろうが関係なく、効率的に議論ができない人間がまじると、議論の効率が落ちるというだけの話です。

効率的に議論ができない人間さえ会議に入れなければ、どんなに大人数でも、議論の効率が落ちることはないです。
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(山口さん発言)
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>>>僕の考えでは、そういう人材を育てるのに、一番ROIが高い手法は、経営会議メンバーにしてしまうことだと思ってるんです。
>>>とにかく、伸びしろがありそうな人を、じゃんじゃん経営会議に入れちゃうんです。

これは個人的な体験として、非常に納得感があります。私は23~27歳の頃、ソニーの子会社でコンサルティングをやっていたのですが、26歳の頃に、ある日突然、上司の事業部長50代の方が心不全で突然死してしまい、しかし、私の出向元からも、合弁相手のソニーからも人材の補充がなく、消去法の人事により、26歳で事業部長になりました。

その結果、おっしゃるように会社全体の経営会議に出て、社長や他部門の長達と議論を交わし、年上の部下に対しても、全体最適の判断でフィードバックし……を繰り返し、そこからの1~2年で10年分くらいの成長と疲労(笑)をした覚えがあります。今思えば、私がマーケティングの細かな専門性ではなく、より上位の各種戦略との統合の必要性を肌で実感し、猛烈に勉強したタイミングだったと思います。

なので、ふろむださんのおっしゃる育成メソッドは、本当に深く同意いたします。
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編集者の横田さんの意見も紹介しておこう。
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>>>伸びしろがありそうな人を、じゃんじゃん経営会議に入れちゃう

という話は、編集部の会議とも重なります。
会議は減らすほどよいという意見もありますが、全員で企画を判断したりタイトルを考えたりする編集会議は、教育のためにできる限り時間を取るべきと思っていました。

山口さんの『マーケティングの仕事と年収のリアル』にもあるように、編集者の最も重要な能力の1つが価値の説明能力です。自分が言語化できなかったことが目の前で言語化される瞬間に居合わせるのは、非常に貴重な経験になります。
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もちろん、あの会議もこの会議も、勉強になるからと、やたらめったら会議の人数を増やしていくと、社員のスケジュールが会議だらけになって、仕事をする時間がなくなってしまう。
だからこれは、単に「会議の人数を増やせ」という意味ではないのだ。

一般に、会議の機能として、「意思決定」と「意識合わせ」の2つがよく取り上げられる。
しかし、会議には、それら2つに匹敵するほど重要な第三の機能として「教育」がある。

ますます時代の流れが加速し、枝葉が入れ替わりが生え変わっていく時代、より幹に近い部分のスキルを獲得するには、会議の「教育」という機能の重要性が高まってくる。

なぜなら、それは、幹に近い部分のスキルを身につける、最もROIの高い成長機会の1つだからだ。とくに経営会議の場合、それよりもさらにROIの高い方法となると、もはや自分で起業するぐらいしか、選択肢はなくなる。

ただ、経営会議メンバーをやたらと少人数にして、会社にとって重要なことを密室でこそこそ決めたがる体質の会社というのも多い。

そういう会社だと、若手が経営会議メンバーになれるチャンスはなかなかやってこない。
なので、個人のキャリアアップ戦略としては、転職先を選ぶときは、そういう会社は避け、自分のような人間でも経営会議に入れてもらえる可能性の大きな会社を選んだほうがいいかもしれない。

「偏愛マーケ」の近道にも

それから、より経営に近い部分のスキルを身につけるという話は、偏愛マーケの話にも繋がってくる。
なぜなら、偏愛マーケは、ビジネスオーナーと相性のよいマーケだからだ。

クリエイティブ・マーケや定量マーケなら、経営陣の偏愛をそれほど深く理解しなくても、それなりに成立することもあるだろうが、こと偏愛マーケに関する限り、経営陣の偏愛とマーケターの偏愛にズレがあると、成立しない。偏愛マーケは、汎用的なマーケ施策ではなく、その会社独特の偏愛に深く根付いた個別具体的なマーケだからだ。

個人的には、この偏愛マーケは、インフルエンサーの方々が言っている「好きを仕事に」と繋がっている話だと考えている。

インフルエンサーの方々の言う「好きを仕事に」にも一理ある。それは、先ほど説明したような耐コモディティ性があるためだ。

一方で、「好きを仕事に」には欺瞞もあって、自分の偏愛(好き)をいくら突き詰めても、それではお金の稼げない人もたくさんいる。

もちろん、「自分の好きで稼げるようにビジネスモデルを作り上げるのがマーケティングというものだ」とおっしゃる方もおられるとは思う。ただ、この議論をちゃんとやろうとすると、本1冊分になってしまうので、ここでは深入りしないことにする。

現在、たくさんの方にインタビューさせていただきながら、『好き』と『仕事』についての本を執筆中なので、もしよかったら、twitter(@fromdusktildawn)のDMで、あなたの『好き』と『仕事』について、話を聞かせていただけると嬉しい。