この記事は、『マーケティングの仕事と年収のリアル』の著者・山口義宏氏と、『錯覚資産本』の著者・ふろむだ氏によるチャット対談をベースにしたものです。
プロローグで説明されたように、今回は、「これから台頭する人、落ちぶれる人の4つの条件」の2つ目、
(2)クリエイティブ・マーケと定量マーケの両方の能力を兼ね備え、それらを統合してマーケティング業務を行うマーケ人材が台頭する。
について詳細に解説します。
マーケの人材市場で起きている
2つの変化
ここからは具体的なマーケの人材市場での変化なので、私がごちゃごちゃと解説するより、そのままストレートにチャットの文面を読んでもらったほうが、わかりやすいし誤解も少ないだろう。
(以下、山口さんの発言の引用)
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最近のマーケ人材市場で起きた変化の1つめとしては……
センスやクリエイティブを担っていた人材と、定量的な結果の把握に基づく投資の最適化を担っていた人材~チーム~会社は、かなり別れていたのですが、その両方がわかる~できる人やチームのニーズが高まり、個人のスキルもその両方を担える方向に向かわざるをえないと思います。
その理由は、元々その両方がわかって統合的に判断~実施できる人へのニーズは潜在的にあったのですが、双方をまともに実行するには、相当な訓練の時間蓄積が必要なため、両方を持つ人が少なく、一部のスーパープレイヤーに留まっていました。
しかし、「定量的な効果測定に基づく最適化ツール」と「顧客に提示して成果のでるクリエイティブ制作を示唆~補助するツール」が急速に発展しており、それぞれ職人芸的な経験蓄積がなくても、80点の判断ができる素地はかなり高まってきています。
アドビのAI進化のプレゼンテーションを見ていると、単なる画像解析ではなく、プロのクリエイターの作業のプロセスや、その制作物の成果を紐づけて学習し、制作者により高度な制作と判断のリコメンドを出していくのがかなり近い未来に実現します。そうなると、クリエイターは深い経験蓄積がなくても、どういう作品を作れば、売れるものになるか? がわかるようになり、そのキャッチアップ速度はまさに知の高速道路そのものだと思います。
同様に、センスではなく定量分析に基づく最適化がメインの役割だったマーケターも、その定量的結果とクリエイティブの内容が紐付いて、ふろむださんの言葉でいう原因特定解像度が一気に上がり、クリエイティブのセンスとターゲット層とビジネス成果の因果関係を急速に学習していくはずです。
このような学習効率に関しては、私はInstagramをやっている素人を見ていると、どんどん写真が上手になっていくことで実感します。写真の構図、色変化のフィルター、そしてフォロワーの反応、インフルエンサーの投稿内容の研究や模倣によって、写真の素人だった人々が、急速にセミプロのような写真を撮り、全体のレベルは著しく上がっています。
このように双方の異なる役割を担っていたマーケター的な人々は、ツールの進化によって、圧倒的に学習効率が高まり、その役割は互いに越境~連携していく、そして最後は1人の人が担う世界に近づくという仮説を持っています。
しかし、ここから先が変化の2つ目になるのですが……
上記のような、AIによって最適化のリコメンド精度が上がれば上がるほど、マーケターのアウトプットは同質化していき、市場では差別性を失って、結局は埋もれるのでは? という懸念の仮説もあります。そうなったとき、何が競争力となるのか? と考えると、ちょっと合理では説明できない、ファナティックな偏愛性では? という仮説があります。
私がよく考えるのは、日清食品のカップヌードルのCMです。あれだけ認知度も高く、市場シェアも高い商品になると、あれだけのCM投下量が商品の販売量をさらに押し上げるか? というと、そこまで甘くはなく、何かの合理を超えた判断や、カップヌードルという商品ブランドだけではなく、日清食品のコーポレートブランドを高めるような意図がなくては成り立たないとも感じます。
また、クリエイティブの内容も、いわゆる「他でウケているから」という判断ではなく、オーナーでもある安藤社長の個人的な価値観の発露にも感じられるような、尖ったメッセージやクリエイティブをひたすら発信しつづけています。
目先の販売量増加に対する費用対効果として正しいかはともなく、少なくとも日清食品やカップヌードルは、他の同業他社にはない強い感情的な絆を感じるファンが存在しているように見え、会社の採用にも寄与していると思います。小売のPB(プライベートブランド)が侵食してきている市場において、最後までメーカーのNB(ナショナルブランド)として生き残るのは、間違いなくカップヌードルのような好き嫌いわかれるけど強いファンがいるブランドです。そう考えると、長期戦略としては、カップヌードルの偏愛性ある個性の発信は非常に経済合理性のある話かもしれません。
また、ビジネスの規模は日清食品よりだいぶ小さいですが、クラフトビール「よなよなエール」のヤッホーブルーイングや、ECサイトである「北欧、暮らしの道具店」のクラシコムも同様で、いわゆる前例踏襲や他社ベンチマークではない施策を繰り返しているからこそ、コアなファンが生まれ、事業も成長しつづけているように見えます。
つまり、消費者が「ブランドの違い」を求め続ける限り、様々なAIによって施策の表現やコンテンツの全体レベルがあがっても同質化したとしたら、結局はAIリコメンドに沿っているだけでは事業のパフォーマンスもあがらず、最後の差別化は、人の思想やこだわりのような偏愛要素になるのではないか? という仮説です。
ダニエル・ピンクのハイ・コンセプトも似たような主張だったかもしれませんが、そのリアリティが高まってきているように感じます。それこそ、デジタル化によって、世の中のデザインツールやトレンド情報が出回った結果、いま、どのブランドもデザイン表現はオシャレで、むしろダサいブランドのほうが珍しい(笑)。ただ、それと市場の競争力は別の話で、なかなかクリエイティブが洗練されたからといって、モノが売れるわけではないのは、データをみているとはっきりしています。クリエイティブの評価が高くても、売れない商品は沢山あります。
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「90点、0点」の人より、
「80点、80点」の方が有利になる?
これに対する、ふろむだのレスは、以下のようになる。
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となると、マーケ専門職でメシを食っていこうと思っている人は、
◆「クリエイティブ・マーケ」と「定量マーケ」の両方のスキルを、両方共80点にする。
◆それらを統括してマネージメントするポジションをゲットして、そこで実績を積み上げる。
というのが、今後のよさげなキャリア戦略ですかね。
ただ、それが定番の勝ちパターンになってくると、そこもいずれコモディティ化する。
そうなると、相対的に、偏愛マーケの優位性が目立ってくる。
ただ、偏愛マーケは、ビジネスオーナー的立場とは相性がいいけど、マーケ専門職というポジションでは、なかなかやれる機会を得られないかもしれない。
個人的には、偏愛マーケが成功しているように見えるのは、生存者バイアスがかかっていないかと、気になります。
自分が偏愛的に入れ込んだものが、たまたま一部のユーザの心を掴んで、偏愛マーケが成立するのは、宝くじにあたっただけのようにも見えるのです。
クリエイティブ・マーケと定量マーケのスキルには、「汎用性」があります。
「汎用性」には、メリットとデメリットがあります。
メリットは、再現性があって、つぶしがきくことです。
デメリットはコモディティ化しやすいことです。
偏愛マーケのスキルには、クリエイティブ・マーケや定量マーケほどには「汎用性」がないのではないでしょうか。
そのため、コモディティ化しにくいというメリットがあります。
しかし、再現性がなく、つぶしがきかないというデメリットもあるのではないでしょうか。
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ここで80点と言ったのは、0点を80点にするのにかかるコストと、80点を90点にするコストは、あんまり変わらなかったりするからだ。
収穫逓減の法則が働くためだ。
つまり、クリエイティブ・マーケか定量マーケのどちらか片方だけを90点にするコストと、両方を80点にするコストは、あまり変わらないということ。
だったら、「90点、0点」の人より、「80点、80点」の方が、強いんじゃないかと。
この80点の話は、「クリエイティブ・マーケ」や「定量マーケ」のような粒度の大きい話だけでなく、もっと粒度の小さい話にも適用されるのではないかという話もある。
(山口さん発言)
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技術の進化と共に、GoogleやFacebookのようなプラットフォームの影響力が高まったことで、ある日突然に需要がなくなる仕事が増えていると感じます。それこそFacebookページは、タイムラインへの露出量を絞るとFacebookが判断した瞬間、重要度が下がり、そこの専門性への需要は死んでしまう。
つまり、何かのスペシフィックな技術や専門性に頼ったキャリア開発のリスクは高まり続けるのではないでしょうか(もちろん何の技術や専門性も持たないままにジェネラリストとしていきなり頭角を表すのも難しく、若いうちに1つの基盤をつくるうえで通る道として、専門性を持つことは今後も重要かもしれませんが……)。
そうなると将来が危ういのは、狭い領域のスペシフィックな専門性や技術です。当然、オペレーティブな判断や作業は真っ先に消滅するので、デジタル系の広告代理店のなかで、複雑性の低い判断と業務をやっている人、デザイン会社のなかでオペレーティブな作業をやっている人は、ある日、自動化によって、突然仕事がなくなるリスクは増えていきます。
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大きな樹をイメージしてほしい。
末端の枝葉の部分は、生え変わりが激しいため、せっかく葉っぱの部分で90点のスキルを蓄えても、ある日突然、その葉っぱが枯れ落ちてしまうかもしれない。
一方で、さまざまなスキルを統合してマーケ業務を遂行する、太い枝や木の幹にあたる部分は、生え変わる頻度が少ないので、そこは90点でも、95点でも、ガッツリスキルを蓄えても、投資が無駄になるリスクは低くなっていく。
この「太い枝」にあたるのが、(2)の「クリエイティブ・マーケと定量マーケの両方の能力を兼ね備え、それらを統合してマーケティング業務を行うマーケ」なのだ。
そして、「幹」にあたるのが、「経営」だ。
もちろん、「経営」はもはやマーケの仕事ではない。
しかし、幹に近いスキルほど、陳腐化リスクが少なく、スキルの投資先として優れていることには違いはない。
それが、(3)の「マーケティング業務だけの部分最適を行うのではなく、経営者のように、会社全体を把握し、全体最適のマーケティングを行う人材が台頭する」に繋がってくる。 (続)