[図表0-4]を見ればわかるとおり、それは「忍耐力」です。
会社というのは、本当にいろいろな思いが渦巻いている空間です。長時間労働などは当たり前で、「新居を建てる」「子どもが生まれる」といった楽しい出来事が起こったときに限って、単身赴任を言い渡されたりするものです。
また、やりがいのある仕事を担当していても、それは永久に続くわけではなく、突然、別の職種に異動になることもあります。合わない上司と無理につきあうことはたびたび。それなのに、自分より苦労していない他人が評価され、出世してしまう――。こうした理不尽は、みなさんの日常にも、ごろごろと転がっているのではないでしょうか。
それでも、多くの組織人は、その理不尽のなかで「耐える」ことを選びます。なぜなら、そのほうが得るものが大きかったからです。じっと耐えていれば、それなりのポストに昇進できたり、楽な仕事を任せてもらえたり、定年退職してたくさんの退職金がもらえたりというメリットがありました。だから耐えることができたのです。
しかし時代は変わりました。たとえば、定年に関しても、これまでどおりにいかなくなるのは明らかです。2021年から国家公務員が「定年延長」されるという方針が話題になりましたが、こうしたトレンドは民間企業でも、今後ますます加速していくでしょう。
また、「人生100年時代」という言葉が強調されるようになり、定年退職後にも20年、30年、40年という人生が待っています。そうなると、公的年金以外の収入を確保するために、定年後にも別のかたちで働き続けることになる人の割合は、かなり増えていくはずです。
その意味で、「ミドル・シニアの憂鬱」は"期限付き”のものなどではないのです。もはや「60歳までなんとか逃げ切れば大丈夫」「定年後は悠々自適だから、その後のキャリアなんて関係ない」というわけにはいかないのです。
いま仕切り直せば、計り知れないメリットがある
だからといって、「このまま動かないでいると、会社に見放されますよ!」といった、お決まりの脅し文句をここで繰り返すつもりは一切ありません。私は別に、みなさんの危機感を煽って、転職や起業に駆り立てたいわけではないのです。
むしろお伝えしたいのは、ミドル・シニア期に適切な「仕切り直し」をしておけば、残りの会社員生活はもちろん、定年後生活の充実に向けても、かなりのプラス効果が見込めるということです。
これは「仕事のやり方を変えて、生産性を高めましょう」「もっと業績をあげましょう」という話でもありません。生産性や業績評価は、幸福の一要素にはなるかもしれませんが、それ自体は決して目的にはなり得ません。生産性や業務成績の向上というのは、あくまでも「企業=働かせる側」の評価指標なのです。
とはいえ、会社がみなさんの活躍を望んでいることも、理解しておいて損はないと思います。さまざまな知識・経験の蓄積があるみなさんは、企業にとってはいわば、競争優位の源泉です。多くの企業は、ミドル・シニア世代の社員が活躍してくれることを期待しているものの、それを促す具体的な手立てがわからないまま頭を抱えています。
しかもいまは、人手不足の時代です。パーソル総合研究所が中央大学と共同で行った試算によれば、2030年には644万人の働き手が日本で不足するといいます。こうした状況下では、企業は新しく人を雇うだけでなく、既存の人材にいかに活躍してもらうかを真剣に考えざるを得ません。その際に、ミドル・シニア社員の活躍は、最も有効な選択肢の1つだと言えるでしょう。このような環境変化は、われわれがこれから一歩を踏み出すうえで、強力な追い風になってくれるはずです。
法政大学大学院 政策創造研究科 教授
一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。「越境的学習」「キャリア開発」「人的資源管理」などが研究領域。人材育成学会理事、フリーランス協会アドバイザリーボード、早稲田大学大学総合研究センター招聘研究員、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、一般社団法人ソーシャリスト21st理事、一般社団法人全国産業人能力開発団体連合会特別会員。主な著書に、『越境的学習のメカニズム』(福村出版)、『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)、主な論文に"Role of Knowledge Brokers in Communities of Practice in Japan." Journal of Knowledge Management 20.6 (2016): 1302-1317などがある。