スキル2:「仕組み」をつくる――群衆が参加できるかたちにする
象徴的な行動に加えて、教皇フランシスコの任期の大きな特徴となっているのは、改革のための積極的な努力だ。ヴァチカン銀行の体制を全面的に見直し、ヴァチカンの行政全体の透明性を向上させ、改革担当者を重要な地位に就任させた。
これはある意味、教会の腐敗や硬化に対する当然の措置だ。だがそれだけでなく、教会は「逆ピラミッド型」に機能すべきである、という教皇の信条の証でもある。つまり、聖職者は群衆の上に立つのでなく、群衆を下から支えるべきという考え方だ。
この転換を実現すべく、教皇フランシスコは、ローマに集中していた権力を地方の指導者たちやコミュニティへと分散を図った。
たとえば、2015年の「家庭」をテーマとする司教会議を見てみよう。通常の司教会議では、教義や方法論の変更について、司教たちが秘密裏に話し合う。ところがこのときフランシスコは、あらかじめカトリック教会に広くアンケートを配付し、「実際に多くの家庭の意見を取り込めるよう、人びとの喜び、希望、悲しみ、苦しみに耳を傾けるように」と命じたのだ。ボストン大学の神学教授、トーマス・グルーム博士はこう述べている。
「私の知る限り、教導権〔宗教的・倫理的真理を教える教会の権限〕の歴史において、信徒たちの意見を求めるのは初めての試みです」
(中略)
このように、教区民、神父、司祭らに権限を与えることで、フランシスコは人びとの参加を促進する仕組みをつくり、地域ごとの取り組みを行うための道筋を整えた。
スキル3:「規範」を示す――自分から動いてもらう
「私に誰を裁けというのか?」
教皇フランシスコの名言のなかでも、もっとも有名なこの言葉は、ブラジルから帰る機内で、同性愛に対する教会の立場について、ジャーナリストの質問に答えたものだ。
この言葉と教会法上の意味合いについては、すでに解説し尽くされた感がある。だが、この発言の要点を突き詰めるだけでは問題の核心を見失ってしまう。フランシスコがこうした発言をとおして目指しているのは、新しい教義をつくることなく教会の方向性を示すことだ(これは、彼が批判を受けている点でもある)。ただ権限を行使するのではなく、全信徒に規範を示すことは、ひと筋縄ではいかない。
教皇は、このような議論を呼ぶ問題について、教会が旧態依然とした態度を貫くことのないように導こうと努力してきた。聖職者たちの「頑迷さ」を、「脈絡を欠いた教義を並べ立て、人に執拗に押し付けているにすぎない」と叱責したこともある。
フランシスコが教会に望んでいるのは、貧しき人びとに奉仕し、「すべての人びとの家」となるという、教会のもっとも肝心な務めに(そして、人びとの心を惹きつけることに)尽力することだ。トランプの大統領就任から数週間後、教皇が次のような発言をしたのは、まさにそのためだ。
「自分はクリスチャンだと言いながら、難民を追い払うのは偽善である。助けを求めている人や、飢えてのどが渇いている人、私の助けを必要とする人を見捨てるのも同じことだ」
さらに教皇は、おそらく自身にとって最重要のテーマである「慈悲」の大切さを強調し、道を示した。
「私に誰を裁けというのか?」と発言しても、同性愛に関する教会法を変えることはできない。だが、焦点を切り替える効果は確実にある。
教皇は、聖職者が人びとを裁き、行動を非難し、聖人と罪人に分け、受け入れる者と排除される者に分けるような、オールドパワーのパラダイムから教会を移行させようとしている。規則をめぐる内部論争に気を取られるより、もっと外に向かって本質的な価値観を示すことを重視する教会をつくっていこうとしているのだ。教皇が述べているとおり、「慈悲こそがキリスト教の教え」だからだ。
新しい規範を示し、少数の指導者だけでなく、膨大な数の信徒の協力を求めれば、規則はあとからついてくるはずだ。
(本原稿は『NEW POWER これからの世界の「新しい力」を手に入れろ』からの抜粋です)
ニューヨークに本拠を置き、世界中で21世紀型ムーブメントを展開する「パーパス」の共同創設者兼CEO。「ゲットアップ」共同創設者。194か国、4800万人以上のメンバーを持つ世界最大規模のオンラインコミュニティ「アヴァース」共同創設者。ハーバード大学、シドニー大学で学び、マッキンゼー・アンド・カンパニーで戦略コンサルタント、オックスフォード大学で研究員を経て現職。世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」、世界電子政府フォーラム「インターネットと政界を変える10人」、ガーディアン紙「サステナビリティに関する全米最有力発言者10人」、ファスト・カンパニー誌「ビジネス分野でもっともクリエイティブな人材」、フォード財団「75周年ビジョナリー・アワード」などに選出。ヘンリー・ティムズと共にハーバード・ビジネス・レビュー誌に寄稿したニューパワーに関する論文は、同テーマのTEDトークが年間トップトークの1つになり、CNNの「世界を変えるトップ10アイデア」に選ばれるなど大きな話題となった。
ヘンリー・ティムズ(HENRY TIMMS)
マンハッタンで144年の歴史を持ちながら、ファスト・カンパニー誌「もっともイノベーティブな企業」リストに入る「92ストリートY」の社長兼CEO。約100か国を巻き込み、1億ドル以上の資金収集に成功した「ギビング・チューズデー」の共同創始者。スタンフォード大学フィランソロピー・シビルソサエティ・センター客員研究員。世界経済フォーラム・グローバルアジェンダ会議メンバー。
神崎朗子(かんざき・あきこ)
翻訳家。上智大学文学部英文学科卒業。おもな訳書に『やり抜く力』(ダイヤモンド社)、『スタンフォードの自分を変える教室』『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』『フランス人は10着しか服を持たない』(以上、大和書房)、『食事のせいで、死なないために(病気別編・食材別編)』(NHK出版)、『Beyond the Label(ビヨンド・ザ・ラベル)』(ハーパーコリンズ・ジャパン)などがある。