2018年は、お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣や幻冬舎の現役編集者、箕輪厚介など、オンラインサロンやSNSを使った情報拡散といった、一般の人を多数巻き込む形のビジネスが話題となった1年だった。
そうしたファンやコミュニティの参加者たちはときに、サービスを受けるというよりも、むしろ驚くほど献身的に「貢献」をしているようにも見えるが、そこにはどのようなメカニズムがあるのだろう?
米ニューヨーク・タイムズ紙、英フィナンシャル・タイムズ紙など、いま各国メディアで絶賛されている世界的ベストセラー『NEW POWER これからの世界の『新しい力』を手に入れろ』の中で、そうした新型のコミュニティにおいて、参加者がどのようにしてサービスや活動にコミットしていくかについて、ステップに分解して詳細に解説されているので紹介したい。
同書の中で、ジャンルの異なるさまざまな事例に当てはめて分析されている普遍的なパターンであり、これからの時代のビジネスで極めて重要になってくる考え方だ。ぜひ読んでみてほしい。
「簡単なこと」から徐々にコミットしてもらう
人びとを、表面的な行動からもっと強固な取り組みへと動かしていく方法について、僕たちが考案した「参加のステップ」に当てはめて考えてみよう。
左端は、典型的なオールドパワー(注:独占や管理を重視する20世紀型の組織や個人の価値観。詳細は本書参照)の行動、「順守」と「消費」だ。
オールドパワーの組織の大半が我々に求めているのは、これだけだ。納税しましょう。この靴を買いましょう。購読を継続しよう。当然ながら、順守も消費も廃れる兆しはない。社会的・経済的に重要な組織の多くは、いまだにこの仕組みで動いている。
しかし、ムーブメントを起こしたり群衆の輪を広げたりするには、一連のニューパワー(注:シェアや透明性を重視する、近年スタンダードになりつつある組織や個人の価値観)の行動を解き明かす必要がある。
まず最初は、ハードルの低い、簡単な行動で人びとを呼び込む。たとえば、コンテンツを楽しんでシェアしてもらう。
新しい参加者を得たあとは、そこからいかにして活動を持続させ、ハードルの高い行動のステップに上ってもらうかがカギになる。
たとえば、ほかの人のコンテンツを「応用」「リミックス」したり、プロジェクトのクラウドファンディングに「出資」したり、自分ならではのコンテンツを「創造」「アップロード」したり(僕たちはこれを「生産」と呼ぶ)、あるいはステップの頂点に到達して、コミュニティ全体の「形成者」となってもらう。
ステップの「道筋」をはっきり示す
幅広い分野の講演会を主催するTEDは、ユーザーに参加のステップを上らせる術に長けている。
まずは、人を呼び込むため、大規模な講演会「TEDカンファレンス」や、世界各地のコミュニティ主催による「TEDx」の講演から、もっとも魅力的なTEDトークの数々を「TEDトーク」としてオンライン配信し、視聴(つまり「消費」)してもらう。
視聴者にはトークをどんどん「シェア」するようにうながし、わざわざカウンターを付け、どのトークが何回再生されたかわかるようにしている。これは自分も関わっていることを視聴者に実感させる非常に巧妙な方法だ。
ステップを上っていくと、TED賞の候補に誰かを推薦するなど、さまざまなかたちでTEDコミュニティへの「加入」を勧められる。そのうち、自分たちは「TEDスター」(注:TEDster/TEDの熱烈なファン)なんだと思うようになる――仲間意識を育むためのブランディング戦略だ。各国のTEDスターたちには、ボランティアの翻訳チームに参加するチャンスがあり、オリジナルの動画の専門用語やポピュラーサイエンスを嚙み砕いて翻訳し、母国語で紹介することができる。
さらに上の段階へ進むと、TEDの事業のためのさまざまな「出資」の機会が訪れ、高額な参加費の必要なオフィシャル・カンファレンスや、もう少し安価なTEDxのイベントに出席するようになる。
最終的には、TEDスターたちはTEDxカンファレンスを主催したり、自分がTEDトークを行ったりすることでプロデューサーになれる。これまで世界各地で開催されたイベントは、2万件以上にのぼる。もっとも活躍の目覚ましいTEDxの主催者たちは、コミュニティの「形成者」となり、TEDのグローバルイベントの方向性を決めるのに一役買うことになる。
コンテンツの視聴(消費)から始まって、やがてTEDxのスーパー・オーガナイザーとなり、参加のステップの頂点に立つのはごくひと握りのTEDスターにすぎないが、TEDはこうした道筋を示すことで、コンテンツの消費者やファンたちが、出資者や主催者など、さらに重要な役割を率先して担っていける仕組みをつくっている。
爆発して「そのまましぼむ」パターン
ニューパワーのコミュニティを形成するには、初期の段階から、人びとが参加のステップを上っていく仕組みを用意しておくのが肝心だ。
もっとも悲惨な失敗例は、ソーシャルネットワーキング・アプリの「Yo」だろう。2014年、イスラエルのソフトウェア開発者がエイプリルフールのジョーク用につくったもので、参加するための「ハードル」はものすごく低かった。画面をタップすると、スマートフォンの連絡先の誰かに「Yo」(やあ)というメッセージを送れる。受け取った人は、相手に「Yo」とメッセージを返せる(返さなくてもいい)。
ねらいどおり、このアプリはネット上で話題になった。6月中旬には、アップストアの売上ランキングで、ソーシャルネットワーキング・アプリの1位に、総合でも4位に輝いた。このアプリは、ベンチャーキャピタルから100万ドル以上もの出資を引き出し、人びとの度肝を抜いた。技術系ブロガーのロバート・スコーブルが「Yo」を評して、「これほどくだらない、猛烈に病みつきになってしまうアプリは見たことがない」と述べたほどだ。
だが、病みつきになるだけではダメなのだ。「Yo」に飛びついたユーザーたちは、回転ドアから出て行くように、すぐに「Yo」から離れていった。
わずか数ヵ月後の9月には、アップストアで1277位に下落。開発者たちはあわてて事業で儲けた資金を投じ、「Yo」を送信できるだけでなく、場所の通知や写真の添付などの機能を追加し、グループを作成できるようにするなど、アプリの利用者たちに参加のステップを上らせる仕組みを用意した。しかし、最初に人気に火がついたタイミングを逃したことで、すべては水の泡となってしまった。
いま最先端をいく人たちは、人びとの参加をスムーズにし、参加のステップを上らせるにはどうすればよいかを熟知している。
(本原稿は『NEW POWER これからの世界の『新しい力』を手に入れろ』からの抜粋です)
ニューヨークに本拠を置き、世界中で21世紀型ムーブメントを展開する「パーパス」の共同創設者兼CEO。「ゲットアップ」共同創設者。194ヵ国、4800万人以上のメンバーを持つ世界最大規模のオンラインコミュニティ「アヴァース」共同創設者。ハーバード大学、シドニー大学で学び、マッキンゼー・アンド・カンパニーで戦略コンサルタント、オックスフォード大学で研究員を経て現職。世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」、世界電子政府フォーラム「インターネットと政界を変える10人」、ガーディアン紙「サステナビリティに関する全米最有力発言者10人」、ファスト・カンパニー誌「ビジネス分野でもっともクリエイティブな人材」、フォード財団「75周年ビジョナリー・アワード」などに選出。ヘンリー・ティムズと共にハーバード・ビジネス・レビュー誌に寄稿したニューパワーに関する論文は、同テーマのTEDトークが年間トップトークの1つになり、CNNの「世界を変えるトップ10アイデア」に選ばれるなど大きな話題となった。
ヘンリー・ティムズ(HENRY TIMMS)
マンハッタンで144年の歴史を持ちながら、ファスト・カンパニー誌「もっともイノベーティブな企業」リストに入る「92ストリートY」の社長兼CEO。約100ヵ国を巻き込み、1億ドル以上の資金収集に成功した「ギビング・チューズデー」の共同創始者。スタンフォード大学フィランソロピー・シビルソサエティ・センター客員研究員。世界経済フォーラム・グローバルアジェンダ会議メンバー。
神崎朗子(かんざき・あきこ)
翻訳家。上智大学文学部英文学科卒業。おもな訳書に『やり抜く力』(ダイヤモンド社)、『スタンフォードの自分を変える教室』『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』『フランス人は10着しか服を持たない』(以上、大和書房)、『食事のせいで、死なないために(病気別編・食材別編)』(NHK出版)、『Beyond the Label(ビヨンド・ザ・ラベル)』(ハーパーコリンズ・ジャパン)などがある。