インサイトを得る最強の方法は、セミプロになること

山口 深津さんのそういうさまざまなインサイトを発見するスキルやテクニックはどうやって鍛えられたのですか。

インタラクション・デザイナーの深津貴之さんに聞く「優秀な、仕事がしやすいマーケター」とは?「見たり聞いたりするより、自分で実践してみる」という深津さん

深津 伝えるのは難しいですね。好奇心じゃないですかね。どちらかと言うと、自分の中で重要度が高いのは、見たり聞いたりするより、自分で実践してみて、業界のプロとは言わないまでも最低限のセミプロやハイアマチュアぐらいまでの知見をもつことが一番強いやり方だと思います。たとえばnoteで言えば、自分も15年ぐらいブログを書いているしnote上でもPVを叩き出せれば、インサイトはなんとなく共有できるじゃないですか。

山口 自分が“スーパーユーザー”になるわけですね。マーケターで長く生き残っている人って、消費が好きですよね。これは無駄遣い消費が旺盛な自分を正当化するためにも話すんですが(笑)、買う人の気持ちがわからないと、買う人の気持ちのデザイン設計はできないんじゃないかと思います。

深津 わかります。たとえば僕に「良いたばこ」の発明は無理だと思うんです、吸わないから。

山口 案件がきて、自分がまったく無関心のものもあるじゃないですか。それを結構楽しみながら拡張できるタイプなんですね。

深津 いったん始めてみて、楽しいかどうか試す必要があります。もし楽しみが見つからなかったときは、オペレーションが楽しいとか、データを見るのが楽しいとか、ほかの楽しみを見つける。ただ根源的には、英会話サービスであれば自分が英会話を楽しいと思えないとつらいです。テクニカルな当て方で堅調に売るぐらいまでできるかもしれないけど、夢中になれないと技術歪曲空間を作れない。大きなヒットに化けさせるのは難しい気がします。

山口 深津さんはいろいろなことを抽象化して認識する能力が高いですよね。どうすれば抽象化する力が高められますか。

深津 デザインって、本来は抽象化する仕事ですよね。抽象化してから具現化する仕事じゃないですか。僕の場合の抽象化の起源はたぶん、半分はプログラミングで、半分がゲームだと思います。

山口 ゲームですか。

深津 原点はカードゲームです。1枚のカードで何通りの組み合わせができるか考えるゲームですよね。1枚のカードをそれそれ単独で評価しないほうが、用途は増える。デザインの訓練も、「物をモノとして見ない」とか「物をそれそのものとして見る」という見方を鍛えることでした。たとえば、スプーンが1本あったときに、それを「スプーン」としか見られないとスプーンとしてしか使えません。でも、重さ100グラムの「アルミの塊」と見られれば別のものを作り出せるかもしれないし、電気の導電体として使うとか、掘り出すための道具として使うとか、定規にも使えるかもしれない、といろいろな用途が考えられます。

「農業を始めるときにも役立ちそうなスキル」とは?

山口 メタで見る力も、訓練で鍛えられるんでしょうか。

深津 僕は訓練だと思います。自分も天然でできるようになったわけではないですから。椅子を椅子として見ない、とか万物をそういう感じで捉える訓練をさせられました。
 学校でちょっとだけ教えている時期に、生徒さんから抽象化について聞かれたとき答えていたことは2つです。ひとつは、絵を描けるように腕を磨くのも大事だけれども、それ以上に自分だけの画材や治具を作れるとオリジナル性のある絵が描けるということ。もうひとつは、スキルを覚えるならできるだけ抽象的なスキルを覚えたほうがいいということ。たとえば、明日からいきなり農業を始めることになっても役に立ちそうなスキルから勉強するといいよ、と。

インタラクション・デザイナーの深津貴之さんに聞く「優秀な、仕事がしやすいマーケター」とは?メタで見る力を鍛えられるのか、尋ねる山口さん

山口 狭い範囲にしか応用展開できないアプリケーションでなく、その背景にある本質をつかめ、というわけですね。深津さんは、今後の目標をどのように設定されてますか。

深津 10年スパンではあまり考えてないです。投資家になれば、上流工程でプロジェクトに関わる以上に、直接プロジェクトオーナーと話せるし、一度にたくさんのプロジェクトに関われるし、関係性を買う意味でひとつの選択肢かなと思って、いま試してみてますけど。そこから先に何をするかですね。

山口 投資される際の基準はどのようにお考えなんですか。

深津 基本的には、社長がその事業やプロダクトにコミットしていた経験、あるいはコミットするに値するすごい深い知見があるかどうか、を基準にしています。スタートアップでも半分以上の経営者は、損益計算書(PL)など数字でしか見ていないじゃないですか。それはそれで優秀な人や情熱的な人も一杯いるかもしれないですけど、そういう人の行動を僕は読めないし、いざというときにどういう選択をするのか全然予想がつかないので、そこは守備範囲外だと思っています。

山口 深津さんとの相性としてそう決めておられるんですね。

深津 身銭をきって服を作っていた人が「服の会社を作りました」とか、身銭を切ってチョコレートを作っていた人が「チョコレートの会社を作りました」みたいな人ならば、うまくいかないときにこんなことを考えるだろうなあという判断や見通しが想像できますから。そういう人を応援したいです。単純にPLやBS(貸借対照表)で見て、これは儲かるという話なら、アマゾンなどの株を買っておけば済む話ですよね。