この記事は、『マーケティングの仕事と年収のリアル』の著者・山口義宏氏と、『錯覚資産本』の著者・ふろむだ氏によるチャット対談をベースにしたものです。

プロローグで説明されたように、今回は、「これから台頭する人、落ちぶれる人の4つの条件」の最後となる、
(4)日本市場の縮小とともに、日本市場に特化したハイコンテクスト・マーケよりも、グローバルに展開するためのローコンテクスト・マーケの需要が高まる。
について解説します。
 

マクロの変化が人材市場に与える影響

これも、最初にチャットのログを見たほうがいいだろう。

(山口さん発言)
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マクロでみると、最大の変化は、人口構造とともに所得や消費の二極化にあるのでは? という仮説があります。

車を例にするとわかりやすいのですが、6万ドルを超えるような高級車と、1万ドルを切るような低価格車は、世界的にみて市場が伸びる成長性が高いが、中価格帯の車はどこかで伸びが止まるという予測の見方もあります。それは、今後のグローバル市場全体でみても、経済の全体レベルは底上げされていっても、長期的には富が偏在し、(相対的な)中間所得層の構成比は減り、消費も二極化するという見方です。

これは人によって予測もばらつくため、その精度は怪しく、仮説の正しさの判断は私もできないのですが、このシナリオは日本の企業の競争力には大きな影響を与えます。

一般論として、日本のグローバルに成功したメーカーは、中価格帯であることが多く、高価格帯と低価格帯は弱いという傾向があるためです。国内市場はすでに、ビール、化粧品、自動車など、中価格帯市場が縮小し、高価格帯と低価格帯の構成比があがっている市場が散見されます。

この流れがグローバル市場でも起きたとき、高価格帯市場を確保できるほどのブランド構築力がなく、低価格帯で戦えるほどのコスト競争力のない日本メーカーは、大きな問題に直面します。おまけに得意とする中価格帯でも韓国や中国のメーカーから市場を侵食されていく圧力もあります。現在のスマホの世界市場での日本企業の敗退パターンが、他のカテゴリでも起こるという悪夢です。

いまは一部のメーカーが問題を認識し、長期的な戦略テーマとして水面下で対応検討していますが、この中価格帯での戦い方に最適化しきった組織体質を本当に変えて、変化適応できるのかはわかりませんし、まだ成功した会社はないように感じます。

あと、もう1つは、グローバル化に伴い、ブランドコミュニケーションで起きる変化はローコンテクスト化です。日本は島国で人種的な多様性もないので、文化的には非常に入り組んだお約束ごとが幅広く共有されており、ハイコンテクストなコミュニケーション施策が多く、それが成立しやすい特徴があります。

しかし、海外で多くの国に受け容れられるブランドコミュニケーションとは、前提となる文化や文脈共有のない状態でのローコンテクストな市場に受け容れられるコミュニケーションコンテンツや表現です。世界的な価値観調査をすると、国をまたいで支持の強い価値観は、家族愛などが象徴ですが、そこまで多くはありません。

つまり、コミュニケーションのクリエイティブの作り方が、ハイコンテクストな環境で細かな表現や演出でエッジを利かすものではなく、ローコンテクストな環境でメジャーな価値観に向けて深くささるような、相対的には正攻法な作り方に変わらざるをえません(もちろん高級ブランドのような、一部の人にわかればよいという排他性が価値になるものは、引き続きハイコンテクストなコミュニケーションが維持されるでしょう)。

このようなローコンテクストなクリエイティブとなったとき、現在の日本の広告代理店やクリエイターの多くは競争力を失います。これは英語の言語対応の問題だけでなく、無意識レベルで、日本市場のハイコンテクストな文化に過剰適応していることも原因の1つと思います。

私のクライアントのグローバルな日本メーカーは、日本国内のコミュニケーションにおいては国内の広告代理店に声をかけますが、グローバルなコミュニケーション施策においては、すでにコンペの開催そのものが米国となり、そこでは日本の広告代理店には声がかかりません。もちろん電通などはそこへの危機感を含め、コーポレートとしては海外の会社を買収して適応していますが、マーケター個人のキャリアとして考えると、いかにローコンテクストな文脈に対応した作り方をするか? は、大きなマインドセットの転換になります。

これはコミュニケーションに限らず、グローバル統一展開するような商品であれば、商品づくりも一緒だと思います。スマホなどは、基本的な設計は世界的に共通化しつつ、ハイコンテクストなローカライズされたニーズは、アプリが担うという、非常に優れた二階建ての商品設計になっています。
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(ふろむだ発言)
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そもそも、日本でマーケターのキャリアを積むこと自体が、けっこうリスクかもしれないです。

「二極分化していて、ローコンテクスト」がグローバルスタンダードなら、そういうマーケットでのマーケティングのキャリアを積み重ねたほうが、グローバルに通用する人材になりやすいですね。単に、英語さえ勉強すれば、グローバル人材になれるとか、そういう話じゃない。

ノキアやサムスンがいい例ですが、国内マーケットサイズの小さな国だと、はじめからグローバルマーケット相手に商売をしますよね。今後、日本の国内マーケットのサイズが小さくなっていくと、日本も、同じ現象が起きませんかね?

となると、海外の「二極分化していて、ローコンテクスト」のマーケットでマーケキャリアをつんだ日本人は、いざ、日本企業がグローバルマーケットを相手に商売をし始めるとき、日本企業から、モテモテの人材になったりしませんか?
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(山口さん発言)
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それはおっしゃる通りですね。いわゆる韓国のように、自国市場が小さいと、海外市場を優先して市場戦略を組み立てるようになっていきますね、確実に。

あるグローバルメーカーでは、15年前は日本市場の売上が30%あったものが、いまでは20%を切るところまできて、確実にマーケティング戦略の組み立てにおいて、国内市場は後回しで優先順位が低いものになっています。そういう意味で、グローバルマーケターの王道の高給キャリアを積み上げるのであれば、そのようなローコンテクストな経験を積むことを基準に仕事を選ぶという話になると思いますし、すでにそうなっていると思います。

電機メーカーや自動車メーカーの方達が苦笑いするのは「最近のうちの若手は家電製品(or自動車)に興味がない。なんでうちに来たの?と聞くと、グローバルなマーケティングに本社として関われるのは、電気と自動車しか見当たらなかったからです、なんて言われてしまって……」なんて話もよく聞きます。
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中年マーケターの持つスキルは、
二重の意味で陳腐化する

日本市場に特化したハイコンテクスト・マーケのスキルに価値があるのは、日本市場が大きいからだ。だから、日本市場の縮小とともに、日本依存のハイコンテクスト・マーケのスキルの価値は下がっていく。

もちろん、ハイコンテクスト・マーケ自体は、世界中で有効だ。
しかし、インドのハイコンテクスト・マーケ、中国のハイコンテクスト・マーケ、日本のハイコンテクスト・マーケは、それぞれ違うスキルなのだ。

これは、先ほどの偏愛マーケと構造が同じだ。

偏愛マーケ自体は、世界中の到るところで有効だ。
しかし、会社A、会社B、会社C、インフルエンサーや個人事業主A、B、C、の偏愛マーケは、それぞれ別のものだ。互換性がないのだ。だから真似されにくく、一度成立すれば、安定した地位を築きやすい。

しかしながら、日本市場向けのハイコンテクスト・マーケが、日本市場の縮小とともに、その価値が下がっていくのと同じ原理で、個々の偏愛マーケは、それが作り出す市場のサイズや需給バランスによって、価値が大きく違う。

たまたま、自社あるいは、個人事業主が食っていけるくらいに大きな市場サイズの偏愛を自分が持っていた場合、その偏愛マーケは成立するが、運悪く、自分の偏愛の市場サイズが小さいと、偏愛マーケではメシは食えない。また、市場サイズが大きかったとしても、需要が小さく供給が大きい市場であれば、やはりメシは食えない。

個人的には、「クリエイティブ・マーケ、定量マーケ」と「偏愛マーケ」の強みと弱みが反転しているように、ローコンテクスト・マーケとハイコンテクスト・マーケは、強みと弱みが反転していると思っている。

「偏愛マーケ」よりも、「クリエイティブ・マーケ、定量マーケ」のほうが汎用性がある分、競争相手も多く、コモディティ化しやすいのと同じ原理で、ハイコンテクスト・マーケよりもローコンテクスト・マーケのほうが、汎用性がある分、世界中の優秀なマーケターとの競争にさらされ、そのスキルもやがてはコモディティ化していくのではないだろうか。

また、これは、「原因特定解像度×サイクル長」の変動による相転移の話とも繋がってくる。
旧世界である氷の世界で得たマーケスキルの価値が下がっていくのと同時進行で、日本に依存したハイコンテクスト・マーケスキルの価値が下がっていく。

したがって、今後、中年マーケターの持っているマーケスキルの価値は、二重の意味で、陳腐化していくので、多くの中年マーケターの人材価値の低下スピードは、人々が思っている以上に速くなる。

まとめ

対談の内容は、だいたいこんな感じだが、話が一段落したところで、
タイトル詐欺にならないように、ちゃんと最初の問である

◎マーケティングの人材市場からわかる、これから「台頭する人」「落ちぶれる人」の条件

に対する答えを出そう。

まとめると、原因特定解像度が低く、1サイクルが長い環境で仕事をしてきた中年マーケターは、今後、落ちぶれるリスクが大きい。なかでも特に、枝葉に近い部分で仕事をしている中年マーケターは、落ちぶれやすい。

それに比べると、幹に近い部分で仕事をしているマーケターは、相対的には、落ちぶれにくい。

ただ、幹に近ければ安全が保証されるかというと、話はそう簡単ではない。

たとえば、元エンジニアの中年管理職が、技術スキルが古いために、管理職としても使い物にならないというケースはよくある。
その中年が現役エンジニアだった時代は、ウォーターフォール型開発だったのだが、今や現場はアジャイル開発に移行したし、プログラミング言語や開発・運用環境も激変してしまった。そのため、昔の現場感覚をもとに開発・運用方針、予算割当、採用計画、人事評価基準、他部署との対応方針を決めてしまうと、現場がどんどん非効率になってしまったり、問題がたくさん発生したり、有能な人材が辞めてしまったり、ろくな人材が採用できなかったりして、組織がどんどん衰退してしまう。などというケースがよくあるのだ。

マーケターも、これと同じなのではないだろうか。
原因特定解像度が低く、1サイクルが長い、氷の世界で現場感覚を培ったマーケターが、幹に近い部分の仕事をすると、相転移後には、現場感覚とズレた頓珍漢な経営判断をしてしまう。そういう人間が会社の中枢に居座っていると、会社は、衰退に向かうだろう。

そう考えると、今後は、たとえ幹に近い部分で仕事をしている中年マーケターといえども、どこまで安泰かは、怪しい。

相転移後の水の世界で、知の高速道路に乗って、凄まじい速度で成長してきた若手のマーケターに、経営会議に入るチャンスが与えられると、案外、あっさり下剋上が成立してしまい、幹に近いところで偉そうにしていた中年マーケターは、経営会議から叩き出されることになるかもしれない。

また、日本依存のハイコンテクスト・マーケのスキルばかり蓄積してきた中年マーケターは、日本市場の縮小とともに、グローバルなローコンテクスト・マーケのスキルを身に着けたマーケターに比べると、相対的に落ちぶれていきやすい。

もちろん、日本市場の縮小のペースと、ハイコンテクスト・マーケのスキルを持ったマーケター人口の縮小のペースが同じなら、需給バランスは変化しないため、それほど厳しくはならないだろう。

しかし、グローバル市場に飛び出していくのは、それなりにハードルが高いため、国内でハイコンテクスト・マーケをやる人材の減少率は、日本市場の縮小ペースほどにはならない可能性もある。

そうなると、供給が需要を上回ることになり、ミクロ経済学の法則に従って、国内のマーケ人材は、少ない数の椅子を取り合う、ハードモードの椅子取りクソゲーをやるハメになる。

じゃあ、どうすれば、「台頭するマーケ人材」になれるかというと、今のうちに、原因特定解像度が高く、1サイクルが短く、より幹に近いところで仕事をするようにする。

これからマーケターになろうと思っている若い人にとっては、知の高速道路に乗って、中高年マーケターをごぼう抜きしていける、下剋上のチャンスに満ち溢れた時代だ。迷信を知識だと信じちゃってるゾンビ・マーケターたちを、水の世界の武器で、痛快にバッタバッタと倒して無双しよう。

また、ローコンテクスト・マーケを目指す人にの前には、グローバルな大海原が広がっている。大航海時代の始まりだ。時代の風を受けて、大きな帆を膨らまそう。
もちろん、偏愛マーケで、秘密の花園を目指して、けものみちを歩いていくのもいい。ただ、無事に理想の花園にたどり着けるかどうかは、個々人の持っている偏愛の種類と質に依存するので、一概にはなんとも言えない。

少なくとも、「原因特定解像度、サイクル長、幹への近さ、ローコンテクスト」という要素は、今後のマーケ人材の人生の分水嶺となる可能性が大きいということだけは確かだろう。

これらの分水嶺のどちら側に落ちる雨滴となるかで、10年後、20年後、あなたの未来は、まるで違ったものとなりうる。


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