「買い物」をゼロから再設計する

 オムニチャネル戦略は、どんなものであれ、まずは現実と向き合うことが序章となる。小売業の経営者たちは、新技術がますます加速し、低価格化し、多用途化することを理解しなければならない。自社のカテゴリーがどの程度デジタル化しそうかを予測し、その影響に備えるべきである(図表1「あなたの業界がオンラインに移行するスピード」、図表2「従来型小売業者が脅かされる閾値」を参照)。

図表1「あなたの業界がオンラインに移行するスピード」
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 近い将来、デジタル・リテイリングが自社の全売上高の20%を占めるようになり、残りの80%もデジタル・リテイリングの影響を強く受けるようになると予想したとしよう。

 その場合、現在のビジネスのどこをどう変えるべきだろうか。そもそも新規店舗を開店する必要はあるのか。その必要があるとしたら、新店舗は既存店と比較してどこをどう変えるべきか。価格透明性が飛躍的に高まる世界にどう適応すべきか。集客効果の高いジャンルがオンラインに移行し、もはや顧客を店舗に呼び込まなくなった時、何が起きるのか。

 このような状況は、ゼロからの包括的なイノベーションを必要とする。組織論学者ラッセル・L・エイコフは共著書(注)のなかで、1951年にベル研究所で起きた同様の転機について詳述している。

図表2「従来型小売業者が脅かされる閾値」
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 同研究所の研究担当バイス・プレジデントはある時、電話でのコミュニケーションにおいてベル研究所が果たした最も重要な貢献を挙げるよう、あるグループに指示した。

 その答えとして、電話機のダイヤルや同軸ケーブルなどが挙げられたが、そのいずれもが1900年以前に考案され実用化されていたと、彼は指摘した。そしてこのグループに対し、電話システムが消滅したと仮定して、ゼロから別のシステムをつくり直さないといけなくなったらどうするか考えてみよ、と挑発した。新しいシステムはどんな見た目なのか。どのように機能するのか。

 研究所の科学者とエンジニアたちは、まったく新しい技術の研究にすぐさま没頭し、押しボタン式電話機、キャッチフォン、自動転送、ボイス・メール、電話会議システム、携帯電話を考え出した。小売業界には、これと同じ「やり直し」の精神が必要である。

図表3「デジタルとリアルの融合」
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 オムニチャネル・リテイリングの設計仕様は日増しに明確になっている。顧客はすべてを手に入れたいと望んでいるのだ。彼らは、デジタルならではの利点を求めている。つまり幅広い品ぞろえ、豊富な製品情報、カスタマー・レビューと他の買い手からの情報などである。一方、彼らはリアル店鋪ならではの利点も求めている。つまり個別のサービス、製品に実際に触ることができること、ショッピングを実際のイベントや体験として楽しむことなどである(オンライン業者はこの点に留意されたい)。

 これらのショッピング体験の何を評価するかは、顧客層によって異なるだろう。しかしすべての顧客層は、デジタルとリアルの完璧な融合を望むに違いない(図表3「デジタルとリアルの融合」を参照)。

 小売業者の課題は、ビジョンを実現するイノベーションを起こすことであり、それによってこれらの顧客を感動させ、利益を生み出す成長を実現できるかどうかである。これが実際に何を意味するのか検証してみよう。

【注】
Russell L. Ackoff, Jason Magidson and Herbert J. Addison, Idealized Design: How to Dissolve Tomorrow's Crisis... Today, Wharton School Publishing, 2006.(未訳)