平方 眞(ひらかた・まこと)
愛和病院(長野市)副院長
1990年山梨医科大学(現・山梨大学)医学部卒業。武蔵野赤十字病院、町立厚岸病院、自治医科大学血液内科を経て94年に諏訪中央病院(長野県茅野市)に着任。訪問を中心にがん患者に対する緩和ケアを開始し、98年7月、緩和ケア病棟の新設に合わせて緩和ケア担当医長に就任。著書に『看取りの技術 平方流 上手な最期の迎えさせ方』(日経BP社)、『医者とホンネでつきあって、明るく最期を迎える方法』(清流出版)、『がんにならない、負けない生き方』(サンマーク出版)などがある。

 家にいたいという気持ちと、迷惑をかけるから入院させてほしいという気持ちがあり、それに親戚の人は「迷惑をかけてもらってもかまわない」とまで言ってくれています。
 それなら、その折り合いをつけるための時間を1日つくろうと思いました。
「今日はこういう工夫をしてみるから、今日は家で過ごしてみましょう。明日になってもまだ入院したいという気持ちが強かったら入院しましょう。入院の手配はいつでもできますから」とお話ししたのです。
 すると、次の日までの一晩はすごくよく休めたそうです。そして、これなら家にいてもいいし、親戚もこれなら自分たちでみられるということで、やっぱり最期まで家にいたいと言われたのでした。
 こういった調整をするわけです。
 人生会議とは、たとえば本人がどう言っていたかは、きょうだいや親戚がいる時にみんなを交えて、「こんなことを言っていました」と私が話し、価値観や考えを共有できるようにすることだと思っています。振り返ると、ほとんどの人と人生会議をすることで、人生の最期に向かって一緒に歩むことができてきたような気がします。

後閑人生会議を改めてやるというよりは、その人と長く関わりながら人生について聞く、考える、といったプロセスが大事だということですね。

平方そうです。

後閑今のお話を聞いて、思い出したことがあります。
 ずっと家で死にたいと言っていたお母さんが、最後の1週間くらい入院しました。ずっと家で死にたいと言われていましたので、どうして入院されたんですか、と聞いたら、「私は娘と親子でいたいんです」と。
 娘さんが看護師で、その娘さんから家で病人扱いされるのが嫌だということでした。それについてちゃんと話し合っていれば、もしかしたら最期まで家にいることができたかもしれないけれど、娘さんは看護師だからと気負ってしまうので、どうしても喧嘩ばかりになってしまうということで入院してきたのでした。
 そして、お母さんは入院していた1週間は仲のいい親子の関係でいることができ、また、娘さんも看取った後に「家にいた時は喧嘩ばかりだったけれど、入院してからは私も肩の力が抜けて、お母さんに甘えられてよかった」と言ってくれました。

平方病気の時は、頑張る気持ちはあるけれど、余裕がないからどうしてもイライラしてしまったり、互いにぶつかり合ったりなどしがちになります。
 ですから、そういうような時には場所にこだわるよりも、どうしたら余裕を取り戻せるかということを考えて、入院を上手に使ってもらったほうが余裕が取り戻せるんじゃないかということが結構あります。
 うちの病院では、ずっと在宅でみていて、何事もなければ最期まで家でみることのできる人も結構多くいらして、在宅での看取りが年間150人くらいあります。
 一方、入院での看取りが400~500人です。
 在宅でみていたのですが、転んだりしてしまってこれ以上家でみるのはもう無理だなという時には、「ここまで家で頑張ったから後は病院でお手伝いさせてもらうほうが効率がいいですし、負担も少なくてすむと思います」と言って入院してもらうことも結構あります。

後閑場所にこだわるより、どうしてそこにいたいかという本音のほうが大事ですよね。

平方そう。先ほどの後閑さんの母娘のお話もそうだと思いますが、たとえば子どもと一緒に暮らしていて母親として存在していたいのに、娘さんに病人扱いされると逆に居心地が悪くなってしまう。
 そこで母親として振る舞えればいいのですが、そうするほどの体力がなく症状も出ていて難しいとなったら、その時は病院を上手に使ってもらって余計な負担やストレスを減らしてもらえたらいいなと思っています。

「良い看取り」は社会の利益

後閑先生の本に、
「人が死ぬと、その人個人が持つ知識や技術すべてがこの世から消えてしまいます。残りの時間が限られていると知れば、伝えなければいけないものは、きちんと伝えてから死んでいこうと思う人もいるだろうし、そういう人が増えれば知識や技術が世代間で断絶することなく次の世代に伝わっていくから、残された時間を有意義に使うことは、本人、家族だけでなく社会全体にとっても利益」
 と書かれていて、本当にそうだなって思いました。

平方やっぱりね、世の中の不幸をなるべく少なくしたいし、「幸せ」とか「嬉しい」をなるべくたくさんにしたいんですよ。
 そのほうがみんなニコニコして過ごせると思うし、いつでも疑心暗鬼だったり怒っていたりする人ばかりの世界だと過ごしにくいでしょう?
 これからだんだん団塊世代の人たちが平均寿命の年頃になっていくと、さらに亡くなる人の数が増えていくわけですが、そういう時に人が亡くなることは不幸なことだとか、悲しむのが当たり前、死を忌み嫌うのが当たり前という空気のまま死ぬ人の数だけが増えていったら、世の中は不幸だらけになってしまう。
 ですが、今までたくさんの人を見送ってきて、見送った人の中に、この人のような人生の締めくくり方をするとたぶん不幸より幸せのほうが多いんじゃないかなと思える人がいます。
 そういう人たちがどういうことを言っていたか、どういうふうに過ごしていたか、どこが不幸だと思っている人たちと違ったのかというようなことをみんなが生かしていくことができれば、これから多死社会になっていくわけですが、それでも不幸が増えるということにはならないのではないでしょうか。

後閑老衰でお母さんが亡くなった後、看取った息子さんが病院が出ていく際に「30年後にまた来ます」と言ってくれたんです。
 最初、私はその言葉の意味がわからなくて、思わず「えっ?」と聞き返しました。