アレキサンダー・マックイーンやステラ・マッカートニーなど著名デザイナーを数多く輩出しているロンドン芸術大学。ファッションデザインの分野で有名なセントラル・セント・マーチンズ・カレッジに関しては、合格倍率100倍になることもあるという超名門だ。そんなロンドン芸大に毎年多数の合格者を出しているロンドン国際芸術高校(ISCA)でエグゼクティブ・ディレクターを務めるコリン・ケリガン氏に、アート教育の意義を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部 笠原里穂)
「アートは食えない」は間違い!
クリエイティブ産業は巨大である
――日本では、芸術分野で生計を立てていくことは、今も昔も難しい印象があります。ケリガンさんが学生を指導しているイギリスではいかがでしょうか。
まず、欧米の現状からお話ししましょう。イギリスやアメリカでは、すでに「アートを学ぶことが高尚なことで、一部の人向けの特殊な学問だ」という認識はありません。私が学生として美術を学んでいた30~40年ほど前には、みな彫刻家や絵描きなど古典的な“アーティスト”になることを目指しており、いわゆる商業デザイナーを志す学生はまれでした。ところが時代が変わった。今では真逆です。それだけ、アートやデザインは経済的にも魅力のある分野なのです。
われわれは、ファッション、音楽、映画、建築、デザインといった分野を「クリエイティブ産業」と呼んでいますが、その市場は巨大です。イギリスでは、金融市場をも凌駕するといわれています。
――なぜ、そんなに市場が拡大したのでしょうか。
それは、われわれのライフスタイルが変わったからです。ファッションを例に挙げましょう。イギリスでは1960年代のビートルズブームの頃から、ファッションに世代間の違い、すなわちジェネレーションギャップが生まれました。それまでは男の子が成人すれば、父親と同じ服装をしていることが普通だったのが、世代ごとに特色が出るようになったのです。若者、年長者、それぞれに全く異なる市場ができたことは大きな変化でした。
そして近年、ファストファッションに見られるように、良いデザインの衣服が低価格で提供され始めました。こうした変化により、アートやデザインが一部の富裕層のものではなく、あらゆる人々にとって手が届くものになったのです。
さらに、ファッションの領域にとどまらず、日常生活のあらゆる場面でアートやデザインが重宝されるようになっています。これには、社会が発展したことが関係しています。豊かな社会になったことで、人々はより心地の良い環境にいたいと思うようになりました。例えば、スターバックスで顧客は、コーヒーというモノだけでなく、魅力的なスタイルも買っているのです。
「スタイルを低価格で売る」という意味で偉大な変化をもたらしたのは、ザ・コンランショップで知られるデザイナーのテレンス・コンランです。彼は、顧客の日常生活にアートやデザインを取り込んだという点で革命的でした。つまり、食器や家具といった製品を提供するだけでなく、生活にアートデザインを組み入れることを提案したのです。同じくIKEAも、デザイン性の高い製品を低価格で提供することで成功しています。