経営の神様稲盛和夫#4
Photo by Kazutoshi Sumitomo

2019年2月8日に83歳で亡くなった堺屋太一氏。政治や経済の評論家として、また作家として、幅広い分野で活躍した同氏は、稲盛和夫氏との親交も深かった。日本の将来に関して、さまざまな議論を交わし、多くの共著も残した仲である。その堺屋氏が生前、稲盛氏について語ったインタビューを再編集して掲載する。

 稲盛さんと初めて出会ったのは1980年ごろでした。妻と共に訪れたパリで、同じく稲盛さん夫婦と一緒になったんです。

堺屋太一氏
さかいや・たいち/1960年東京大学経済学部卒業後、通商産業省入省。日本万国博覧会の提案、企画・実施に携わる。78年に退官。作家として『油断!』『団塊の世代』等を執筆。98年7月より2000年12月まで経済企画庁長官を務めた。19年2月8日没(享年83) Photo by K.S.

 そのときの、今でも忘れられない光景があります。稲盛さんが夫人の買った荷物を持って、免税手続きするんだと言って走っていく姿です。大企業の社長が、秘書に頼むのでなく自ら荷物を抱えて走る。しかもその後、夫婦2人で観光バスに乗りに行った。特別の車も用意されていたのに、一般の観光バスに乗るというんです。目線が庶民的で、一般感覚を持ったすごい人だと思いました。それが第一印象です。

 第二電電の設立では、稲盛さんも、民間に電話事業を開放すると聞いた当初は、そうした大きな仕事は経団連あたりに声をかけ、横並びで資金を集めて始めるんだろうと思ったそうです。ところが政府は「誰でもどうぞ」と言ったそうです。「どうせ京セラなんぞにやれるはずがない」と官僚は思ったのでしょう。すると稲盛さんは、郵政省に自分で申請し、さっさと立ち上げてしまった。

 日本の大企業というのは役所と二人三脚で発展してきたところがありますが、稲盛さんは一般感覚からスタートし、常に消費者の目線でコトを運び、逆に役所の規制と戦ってきた。日本の財界人としては珍しい存在です。そういう意味では「松下幸之助2世」と言ってもいい。

地獄と極楽の違い
長い箸でうどんを食べる話

 96年には、日米関係の現在と将来のあるべき姿について、民間ベースで議論をするために日米25人の論客から成る「日米21世紀委員会」が発足し、私が日本側の委員長を務めました。稲盛さんの肝いりの事業です。そのときに彼と3回ほど一緒に米国旅行をする機会があり、大いに謦咳(けいがい)に触れることができた。

 食事の席では、外国人相手によく仏教の教えを話していました。地獄と極楽の違いの話です。

 地獄での食事は皆、釜ゆでのうどんを1メートルもある長い箸を使って食べている。これでは誰も自分の口にうどんを運べない。そのうち他人がつかんだうどんの奪い合いが始まる。一方、極楽でも同じ条件なのだが、ここでは誰もが長い箸でうどんをつかむと、釜の向こうにいる人の口へと運び、お互いに食べさせ合っているというのです。

 外国人にわかったかどうかはわかりませんが、私は稲盛さんの持っている宗教心とは「戒律」の類いではなく、「精神」なのだと感じました。

 だから、稲盛さんは所得を隠したり、税金逃れすることを決して勧めない。社会の富を使って事業をしているんだから、それにふさわしい税金を払うのは当然で、無能な経営者は社会の富を無駄にしているということにほかならない、と。 企業再生の際には、彼の中には常にこうした考えが横たわっている。

 ただ、そのためには横並び社会ではいけないわけです。頑張った人が報われる社会でなければならない。しかし、そうすると格差肯定の競争社会になる。そこで、先ほどの「長い箸」の話で、他人を食わすために働きなさいということです。

 あと、稲盛さんの生き方を見ていると、常に「好きなこと」を探して選んでいる。だから苦労を苦労と思わないんですね。これが一番の成功の理由なのだと思います。

 人間は、好きなことをしていると疲れない。疲れないから熱心になる。そうすると、好きこそものの上手なれで、どんどん上手になる。そしてそのうち、その世界の人脈の中心になれる。そこまでいくと、仮に経済的に恵まれなくても満足できる人間になれるんです。

 稲盛哲学は宗教がかっているように見えますが、要するに「自分が満足できる好きを徹底しよう」ということなのです。

 ところが、日本は企業も個人も、高度成長の時代から「有利なこと」ばかり選んできた。必ずしも「好き」ではなく「有利なこと」を探して仕事を選ぶと、それが有利でなくなったとき、嫌いで不利なところにいる自分を生み出してしまいます。そうなると、なるべく安全第一で過ごし、変わったことをしないでおこうという態度になる。この20年の日本の危機、多くの大企業が衰退した理由はそこにある気がします。