こうした状況で京アニは、正社員化を進め、労働条件の改善にも取り組んできた。各種の社会保障や社宅といった制度も充実していたと聞く。こういった取り組みが、アニメーターが職場に腰を据えて「京アニらしい作品」を作ることに繋がってきた。京アニの公式サイトには経営理念として、「人づくりが作品作りである」という言葉がある。これは決してお題目ではないだろう。そしてそこまで京アニが人材を重視する理由には、京都という立地条件があるのではないか。

 アニメ業界では企業と人材が東京都内に極度に集中している。言い換えると京アニは一度人材を流出させてしまうと、そうやすやすと代替人員を採用できない。だから人材を大事に育てざるを得ない。しかしこの制約条件にはメリットもある。首都圏ではアニメーターの転職や引き抜きが日常茶飯事だから、スタジオは人材投資に及び腰になりがちだ。これが京都なら、「この人は長く勤めてくれるだろう」という期待値を高く持つことができ、長期的な育成をためらわずにすむのだ。

 近年の京アニは作品の製作委員会に出資したり、京都アニメーション大賞なるアワードを主催して原作を発掘したりと、作品アイデアの創出から企画・製作まで一気通貫で取り組んでいる。同様な動きは業界他社にもあるが、京アニはその先駆的な存在である。

 作品の質においても、また質を維持するための企業経営のあり方においても、京アニは業界で一目置かれる存在である。だからこそ今回の放火事件で痛ましい状況に置かれていることに、業界関係者の多くが深い悲しみと怒りを感じているのだ。

 今回の事件を受け、筆者は複数の記者から「京アニとはどんな会社か」「業界における位置づけは」とたずねられた。本稿を通して、京アニがいかに業界で大きな意味を持つ存在なのか、事件が一体何を破壊したのかを、多くの人に伝えられたらと思う。京アニ関係者に1日も早く安らかな日が戻ることを、心から祈っている。

(アニメジャーナリスト 数土直志)