地方だからこそ人件費を抑えつつ、
能力の高い人材が獲得できる
その買収の大きなポイントは、上場企業が九州に拠点を作りたいと考えていたことです。
IT企業は、どこに拠点を置いても業務に支障はありません。北海道であろうと沖縄であろうと、システム開発をするだけであれば東京や大阪である必要はありません。
この会社のある福岡市は、日本でも有数の人口密集地域で、現在でも人口が増え続けている数少ない地域です。成長を続けるこの上場企業は、常に人材を必要としていました。ところが、東京や大阪、名古屋などの大都市圏では、思うように人材を獲得できない悩みを抱えていました。その打開策として、比較的人材を集めやすい九州に拠点を作り、そこに業務を発注しようと考えたのです。
さらに、九州は東京圏、大阪圏、名古屋圏に比べて給与水準が低く、福岡市から少し離れた地域に行けばさらに低くなります。人材の確保に加えて人件費を抑えるために九州に拠点開設を検討していたところに、ちょうどこの会社の事業承継の話が舞い込んできたのです。
地方に拠点があるからといって、技術水準が低いわけではありません。東京や大阪で働いていた能力の高いシステムエンジニアが、ゆったりとした暮らしをしながら働きたいと考え、出身地に戻るケースが増えているといいます。福岡や近隣の都市では、ITを促進しようと専門学校も充実しています。専門学校でITの知識と技能を身につけた人が、東京や大阪など大都市に出て行かずに地域に残って就職する。そんなケースも増えています。
人件費が安く、能力の高い人材を獲得しやすい拠点。上場企業がこの会社を買収したのは、そんな目的にぴったりだったからです。東京や大阪の企業が地方の拠点を確保し、そこで人材を採用するのは手間とコストがかかります。人材獲得という視点に立つと、地方の会社で地元の人材獲得ルートがあり、かつ大都市圏から戻ってくる人材が豊富な会社は、東京や大阪などの大企業からすると魅力的に映ります。地方にある規模の小さな会社でも、上場企業にとっては取り込むメリットがあるのです。
地方にある小規模な中小企業の経営者は、自分の会社に有能な人材を抱えていることの価値に気づいていないかもしれません。
この会社も、従業員と面談したときに「都会に行けば高い給与がもらえるかもしれないけれど、自分は行きたくない」という人ばかりでした。能力がありながら地方の中小企業にとどまり、給与が安くてもトータルの人生の環境を整えたいという人もいるのが、地方の特徴の一つです。このような企業風土のある会社は、買い手の大企業ともいい関係で仕事が続けられると思います。
※次回は、経営陣が高齢で「組織力がない」けれども売れたケースをお伝えします(7月26日公開予定)。