USBフラッシュメモリや、マイナスイオンドライヤーのコンセプト設計などで知られる、世界的なビジネスデザイナーの濱口秀司さんが、今の若い人に薦める就職先とは?そして、これまで800以上のプロジェクトを手がけてきたなかで、今も教訓となっている「失敗」とは?(撮影:野中麻実子)

若い人にとって
今すごくいい時代の入り口

――濱口さんは、ビジネスや組織の仕組みを知りたくて、新卒で松下電工(現パナソニック)に入社されましたが、工学部から研究者を目指す、という道は考えなかったのですか。

ビジネスデザイナー濱口秀司に聞く「史上最大の失敗」とは?濱口秀司(はまぐち・ひでし)さん

 大学に入るときは、ノーベル賞でもとってやろうと意気込んでいたんです。小さいころから、世界的に有名な研究者が自宅に遊びにきてウロウロしているような環境に育ったのですが、こんなおじさんに取れるなら、僕にも取れるんちゃうかと思ってて(笑)。でも、大学に入ってすぐに、あまりに周りが賢い人ばかりで、「これは勝てん」と瞬間であきらめました。

――そこから実業に興味をもたれたのですか。前回までのインタビューでは(第1回「仕事を引き受ける条件とは?」第2回「大企業イノベーション最強説」)、大企業とスタートアップに対する見方を伺ってきましたが、濱口さんが今の高校生や大学生に就職を薦める対象としては、どこになるでしょう?

 「自分に就職」です(笑)。自分に投資すること

 組織の大小は関係ないと思いますが、そこで自分が何をやっているのか、何をやりたいのか、もうちょっと考えたらいいと思います。昔は、終身雇用でしたから、いったん就職したら余計なことを考える必要はなかったでしょうけど、今であれば、大企業で何をしたいか、スタートアップならそこで何をするのか、いま若い人にとっては、すごくいい時代の入り口だと思います。もうちょっとだけ、いろいろ考えてみたらどうでしょう。

――濱口さんも、パナソニックの社員だった当時から、将来は独立される心づもりでいらしたんですか。

 僕は、何も考えてなかったです。車が好きだったから、お金が貯まったらいい車が欲しいなというぐらいしか……。

 何か企画したい、作ったものが世の中に出たら嬉しいなというぐらいで。あとは、実業の会社に行こう、と思ったから、マッキンゼー(・アンド・カンパニー)は給料が凄くいいらしいけど行かなかった。それと、趣味の車を仕事にしたらいけない、だから自動車やバイク関係の会社はダメ、という直感ぐらいはありましたが、あとは何も考えてなかったですね。

 (パナソニック在籍時の)後半は、いろいろ立場も変わった結果、考えざるを得なくなったんですけど、最初は目の前にあることをちゃんとやろうと、それだけでした。

――とはいえ、入社当時は、会社の課題と改善策を100項目ずつ日報に書いて上司に提出されていた、という逸話もありますね。

 それは、会社の良いところを100個書けと言われて極端に反抗したケースで、通常は毎日3つずつです(笑)。今の組織やビジネスモデルの構造は、何かが違うんじゃないか――そう思わないと生きていけない性質(たち)なんですよ。

 むちゃくちゃ勉強ができる人は、そういうふうには考えないと思います。世の中の仕組みもスッと理解できる賢い人の場合、これをこうしたら儲かったり得をするんだ、とわかるから、絶対にその仕組みを壊しません。僕には、それがわからない。でも、負けると悔しいじゃないですか。だから、最後はゲームのルールを変えるしかない。違うゲームになると、賢い人もうまくいかなくなるでしょう(笑)?

 原体験は、小学生のときの将棋にあるかもしれません。将棋がブームになったときがあって、みんな本や父親から定跡を勉強したりして鍛えていたんですよね。僕はちっともやってなかったから、ぽっとやったら、絶対に負けるじゃないですか。桂馬の動きなんて、わけがわかりませんから。

 だから、ルールをどう変えたら自分が勝てるか、一晩かけて徹夜で考えたんです。それで、「王将」と「歩」を入れ替えることにした。「王将」(もとの歩)が全部なくなったら負け、「歩」(もとの王将)はなくなってもいい、というルールなら勝てる!とわかったからです。翌日、みんなに「なにそれ?」と言われながら新しいルールでやって、無事に僕は勝つことができたんですけど。

 新しく作った誰も知らないルール下で一晩必死で考えたら、世界で一番考えた人になるわけで。絶対に負けたくない。このときの経験は今のビジネスにも生きています。いまだに、ちゃんとした将棋のルールはわかっていませんけど。

――これまで800以上のプロジェクトに関わられて、たとえば大失敗した、今も教訓として残っているものがあれば、ビジネス上問題にならない範囲で教えてください。

 全部。いつも失敗です。

 自分がかかわった800のプロジェクトの詳細は、すべて覚えています。一つのプロジェクトに目的を10個以上設定するのですが、10個全部ヒットすることはない。だから、どのプロジェクトも成功だとは思っていません。