Hmmmというタイトルは多くの人に共通する人生のテーマと重なるかな。

――千里さんのこれまでの人生のすべてが詰まった『Hmmm』なのですね。

大江 はい。意味的にはLife is beautifulとかそういうタイトルなんだろうけど。

 今回は『Hmmm』、いろいろあるけれど、人生はタフなものだけど、だからこそ音楽に励まされて、前に進んでいる僕という人間がここにいるという。その音霊を瞬間圧縮でパッキングしてつくるのが、今回のアルバム『Hmmm』です。

 Hmmmというそのタイトル自体が人生のコンマ、ため息、とてもイマジネイティブだし、多くの人に共通する人生のテーマと重なるかなと。

――なにかもう、本当に胸がいっぱいなときに言葉って出てこないですものね。私が千里さんがnoteに書いておられたエッセイで感動したのは、千里さんのお父様が亡くなる前に「おまえは素晴らしい人生を送っている」とおっしゃったという話でした。その肯定感はこれからの千里さんの宝物になるように思います。これまでも、千里さんに宝の原石のようなものをきっとたくさん与えてこられたのでしょうね。

大江 僕は3歳のとき、ピアノを弾きたいと両親にごねたのです。単音しかでない真っ赤なおもちゃのピアノを「こんなのいらない、本物が欲しい」と言った。

 そのときに「よし」と買ってくれたのが父だった。

 バイオリン、チェロ、マンドリンと、いろんな楽器を独学でマスターするような人でした。

 母もね。僕がピアノ弾いてると、日傘をくるくる回して踊りながら入ってくるんですよ。で、バンと扉が閉まって、向こうで衣装を変えて早変わりして出てくる(笑)。

 そうしたら今度は、隣の部屋からギィギィギーって父が弾くバイオリンの音が聴こえる。

――あはは、日常が怒涛の大江家ですね。

大江 僕がプロになりたいと言うと、父は「クラシックでないとダメだ」と。

 それで一度、家出したのです。勢いで家を出て、半日、外にいて考えて「今出ると損だ」と思い直しこっそり帰宅しました。やっぱり大学は受験しよう、そこから次のステップをつくろうと。

――親御さんたちは家に戻った千里さんになんとおっしゃったのですか。
 
大江 何も言わなかったですね。何事もなかったようにまた日常が始まりました。そして、父は亡くなる前の、あの僕の博多のコンサートの前に一緒に過ごした4日間に「覚えているか。家出したあのとき、恥ずかしげもなく家に戻ってきた。そして関学に行ったことは、おまえの大英断だった」とポツリ言ったのです。

【大江千里インタビュー1】新譜『Hmmm』に込められた、父の死と人生への思い

大江千里(おおえ・せんり)
1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。
「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」「ありがとう」などのシングルがヒット。
2008年ジャズピアニストを目指し渡米、NYのTHE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSICに入学。2012年、大学卒業と同時に自身のレーベル「PND Records & Music Publishing Inc.」を設立。同年1stアルバム「Boys Mature Slow」でジャズピアニストとしてデビューを果たした。
2015年には、渡米からジャズ留学、大学卒業までを記した著書「9番目の音を探して」を発表。2016年夏、4枚目にして初の全曲ヴォーカルアルバム『answer july』を発売。
2018年1月に発売した「ブルックリンでジャズを耕す」では、海外で起業するその苦闘の日々を軽やかに綴っている。
2018年にはデビュー35周年記念作品『Boys & Girls』が大ヒットを記録。
現在、ベースとなるNYのみならず、アメリカ各地、南米、ヨーロッパでライブを行いながら、アーティストへの楽曲提供やプロデュース、執筆活動も行っている。アメリカのSony Masterworksから「Hmmm」デジタル版が発売された。
「senri gardenブルックリンでジャズを耕す」で、ジャズマンの日常を綴っています。
PND RECORDS オフィシャルサイト
日本盤「Hmmm」スペシャルサイト