(2)言うことはできるが、言っても“良いこと”が1つもない

 また、上位者が口では、何でも思ったことを言えというものの、言ったら言ったで、上位者に対する反逆とみなされるか、「それならお前がやれ」と言われて、かえってやぶ蛇になってしまい、言っても何も良いことがないから言わないという組織もある。これでは話す気がしない。

(3)言うことは、良くないこととされている

 そして、上位者の許可なく下の者が何かを言うことなどもってのほか、という会社もある。

 下位者が勝手に話すことを許してはならない、自分が許したときだけ話しても良い、というのはマキアヴェリの『君主論』(池田廉訳、中公文庫)にも明記されているくらいである。マキアヴェリストの上司が多い会社では、こちらが正式な規範となろう(マキアヴェリは同書で、下の者から率直にいろいろ話してもらうこと、批判とも思えることを隠さずに語ってもらうことの良さはわかりつつも、それをひとたび多くの人に許してしまうと、自分への尊敬の念がなくなり、悪影響を及ぼすと説いている。 参照:なぜ「能力がないのに出世する人」は絶滅しないのか)。

優秀なリーダーこそ
「新鮮な視点」を求めている

 一方、私自身は、そのような不文律とは無縁の会社に入社した。むしろ「何かを言わなければ、存在してはいけない」会社であった。入社後1ヵ月もしないうちに、上司の代理で、ある事業部の部長会議(その事業部の実質的な意思決定会議)に陪席することになった。

 会議は紛糾したのち、なんとかまるく収まった。私は長かったなぁと思い、帰り支度を始めようとした。すると、参加者の1人がいきなり、「おい、そこの新人、今日の会議を見て、何か思ったことはないか」と聞いてきたのである。