大渇水で市民生活が麻痺した状況を見て、人体や病気を連想する人はあまり多くないだろう。しかし、下川先生は、そういう人なのだ。

 それから33年後の2011年、東北大学に着任し、宮城県で暮らしていた下川先生は改めて「あの時の決断は間違っていなかった」と確信させられる体験をした。東日本大震災だ。

「私は常に、循環という切り口で、頭のてっぺんから足の先まで、患者さんの全身を診ています。東日本大震災でも、電気・ガス・水道が止まって市民生活が大混乱に陥りました。これと同じなのが循環器疾患です。心筋梗塞、心不全。全身に血液が回らなければ、どんなにいい脳細胞を持っていても、どんなにいい肝臓の細胞を持っていても、十分に機能しなくなっていわゆる多臓器不全を起こします。3.11以降の東北地方はまさに、多臓器不全になったようなものでした。

 私は、心筋梗塞の患者さんをたくさん診ていますが、患者さんの半分は予兆がない。いきなりどーんと来ます。そういう思いで見ていると、大震災による社会の麻痺と同じように、心臓病による多臓器不全は人間にとっての重篤な事態であり、それを自分の専門として取り組んでいることに誇りを持ちました」

3つの研究テーマは
1+1+1=10になっている

 循環器内科に進んで約40年、下川先生は3つの研究テーマに取り組んできた。

 最初は「冠動脈スパズム(けいれん)」。スパズムとはけいれん性の収縮のことで、冠動脈に起きると、血管が急に狭くなったり詰まったりして生命を脅かす。

「いわゆるポックリ病の原因の1つが、冠動脈スパズムです。夜間から早朝に起こることが多く、日本人は特に要注意です。東日本大震災では避難所での突然死が頻発しました。あれは、ストレスによって冠動脈のスパズムが増悪したことが一因していると私たちは分析しています。

 さらに閉経前後の女性に多い微小血管狭心症にも、スパズムが関係していることが明らかになっています。突然死にもつながる非常に危険な病気なのですが、循環器の専門医でさえこの病気を知らない場合があり、更年期や心因性として見逃されている患者さんが大勢おられることから、この病気の認知度を高めるとともに、診断と治療法の研究開発にも取り組んでいます。

 私は、約40年間、冠動脈スパズムの研究をしてきており、スパズムの機序として血管の筋肉(平滑筋)が異常にけいれんすることを突き止め、その分子機構を明らかにして、治療薬を開発しました。現在は国際共同研究組織を作って、グローバルに研究を進めています」