レジェンドインタビュー不朽・1994年2月12日号 富士ゼロックス会長 小林陽太郎Photo by Toru Moriyama

 経済界きっての「国際派論客」といえば、小林陽太郎(1933年4月25日~2015年9月5日)の名を挙げる人は多いだろう。

 1978年に44歳の若さで富士ゼロックス社長に就任。99年4月には、外資系企業トップとしては初めて経済同友会の代表幹事に就任したが、就任のあいさつで、「市場主義だけで新しい時代の日本を築けるのか」と、経営者らしからぬ問題提起をして注目を浴びた。「10年、20年先を視野に入れ、新しい日本を支えるアイデンティティー・哲学・理念・価値を整理・確立することが必要だ」と。

 その上で、「四つのガバナンス」について考えるべきだと小林は訴えた。

 第1は「企業のガバナンス」。企業は、社会からの信頼と社会から求められるさまざまなニーズに応えることなしに、そのダイナミズムを長期にわたって維持することはできない。

 第2は「社会のガバナンス」。かつての成長を支えた政・官・業の「鉄の三角形」に代わって、「市民が主役の社会」をつくり、「四角形」によって社会を運営していく仕組みに変える。

 第3は「世界のガバナンス」。日米欧の3極ではなく、日米中の関係を含めた日本とアジアとの関係を再定義し、それを踏まえた日米関係・日欧関係を再考していく。

 第4は「個人のガバナンス」。一人一人の個性や生きる力、問題探求能力を育み、コミュニケーション能力を高める教育の在り方を考えていく。

 その提言から20年たった今も、これらは日本が抱える課題として残っている。

 さて、今回紹介する記事は、経済同友会の代表幹事就任の5年前である94年2月12日号からのインタビューだ。

 日本がバブル崩壊後の不況にあえいでいた時期、この不況から脱出する鍵を握るのは小さなベンチャー企業だと説き、日本の大手企業はベンチャーをもっとサポートすべきだと主張している。

 また、米国の軍需コングロマリット、リットン・インダストリー(現在は総合軍需企業のノースロップ・グラマンの傘下)を例に挙げ、リットンをドロップアウトした「LIDO」と呼ばれる“卒業生”たちが他分野で活躍しているように、日本もそうなるといいと話している。

 昨今は、「ヤメ○○」といった大企業出身のベンチャー経営者に注目が集まったり、リクルートのように“人材輩出企業”にスポットライトが当たることも多いが、小林が生きていたらきっと「まだまだ足りない」と答えることだろう。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

バブルとは高度成長路線の
最後の時に咲いた徒花

レジェンドインタビュー不朽・1994年2月12日号1994年2月12日号より

──不況からしばらく抜け出せそうもないといわれますが、世の中はどう変わっていくと思われますか。

 実に一般的ですが、当面は非常に不安定で、非常に流動的ということでしょうか。今までは良しあしは別として、やはり安定し不動の世の中だったんです。もちろん不満はあったけれど、その先にまったく違ったものが出てくることに関しては、皆「そんなはずはない」と心配もしていませんでした。でももはや安定した時代は終わり、落ち着き先が見えないままに不安定な世の中に移ってきています。ましてここ2~3年は、この不安定な状況を安定させるような秩序の確立も、政治には期待できません。もし落ち着いたとしても、それは一時的なものでしょうし……。

──落ち着くにはかなりの時間が必要だというわけですね。

 例えば旧ソ連のように、70年間も続いてきた社会主義が大変革により崩壊したからといって、1年やそこらで新しい安定した社会ができるはずがないんです。日本の政治も同じで、55年体制が40年近く続いたんだから、新しい方向へ動くとしても、落ち着くまでにはかなりの期間が必要なのは当然のこと。2~3年は不安定な政治になるでしょうね。経済だって同様に不安定で、バブルというのはある意味で高度成長路線の最後の時に咲いた徒花(あだばな)だったんじゃないですかね。

──ローソクが燃え尽きる前の、パッと明るくなる現象と同じですね。

 まさにそれです。しかしすでにバブルもはじけ、明らかに新しい方向へと世の中は動き始めています。そして僕にはこの新しい方向、経済というものの落ち着く先がある程度見えるような気がするんですよ。より市場競争的経済であるとか、より透明なシステムとかね。日本の場合は閉鎖的な市場も幾つかありますが、そういうものもいずれはオープンになるんじゃないかとも。

 一言で言えば、“自己責任がきちんと実現されている経済社会”ということでしょうか。これは消費者においても、企業においても、官においてもしかり、です。こういう経済社会を実現することを目指して、社会の仕組みをきちんとつくり直さなければならない。そこに向かって日本は今動いているんだと思いますよ。