「いつも欲しいものが手に入るわけじゃない」──。英ロックバンド「ザ・ローリング・ストーンズ」が1969年にリリースした「You Can? tAlways Get What You Want」(邦題「無情の世界」)において、ボーカルのミック・ジャガー氏はそのフレーズを切々と歌っている。
人生には思うようにならないこともあるけれど、理想を追い掛けているうちに、実は望んでいたものが身の回りにあることに気付いたりするんだよね、といったメッセージが歌われている。
発売は半世紀も前だが、この曲は近年多くの場面で使われている。例えばドナルド・トランプ米大統領はこの曲が好みで、前回の大統領選挙のキャンペーン時には頻繁に流していた(ストーンズは勝手に使うなと抗議していたが)。
また、現代貨幣理論(MMT)に関する議論を最近調べていたら、Citywireという英金融メディアに「いつも欲しいものが手に入るわけじゃない:MMTの危険性」というコラムが載っていた。
MMT派の経済学者は、自国通貨で国債を発行できる国は、政府債務の膨張を気にせずに政府支出をどんどん拡大できると主張している(ただしインフレが高騰しない限りにおいては)。米国では、社会主義者を公言する民主党の極左議員が、MMTを採用すれば、増税を行わずに社会保障制度の拡張や大学奨学金ローン無償化、グリーン・ニューディール(大規模な環境対策)を実施できると提唱している。アレクサンドリア・オカシオコルテス議員が代表例だ。
しかし、前掲コラムの著者John Coumarianos氏は、ベネズエラやジンバブエを見ても分かるように、増税なしにはそうした政策を実施できないと述べている。「ストーンズが正に気付かせてくれたように、欲しいものはいつも手に入るわけではない」。
MMT支持者はそうした批判に激しく反論するだろう。だが、今の米国ではこのコラムニストのようなバランス感覚を持つ人が多数派だ。近年の米政府はずるずると財政赤字を拡大してきた。また米連邦準備制度理事会(FRB)の金融緩和政策には限界があるので、「もっと財政刺激策を打ってもよいのではないか?」という提案も主流派経済学者から出ている。
しかし、だからといって「MMTでいくべきだ」と言ってしまうと「さすがにやり過ぎでは?」という批判を浴びやすい。
これまで民主党の大統領選候補者討論会は4回実施されたが、いまだに誰もMMT支持を表明していない理由はそこにある。エリザベス・ウォーレン氏やバーニー・サンダース氏のように、巨額の財政支出を伴う政策を主張する候補者でも、その費用は富裕層や巨大なテック企業、ウォール街への増税で賄うと提言している(その認識が甘い恐れはあるのだが)。
サンダース氏はMMT派のステファニー・ケルトン教授(米ニューヨーク州立大学)を経済アドバイザーの一人として一時採用していた。しかし、サンダース氏の陣営幹部は「正直に言うと、MMTがわれわれの頭をよぎったことは一度もない」と明言している(米誌「ニューヨーカー」)。
ただし、2024年にはオカシオコルテス議員が35歳になり、大統領選への出馬が可能になるため、MMTは4年後に再び話題を集めるだろう。とはいえ、大統領選で勝つのに必要な中道派の有権者を取り込むことは困難と推測される。彼らがストーンズの曲を口ずさんだら、なおさらそうなりそうだ。
(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)