求められる
母国語のインテリジェンス

 そもそも英語に限らずどこの国の言葉も、読み書きは国語力の基本である。この基本ができていないのに、会話力が伸びるわけがない。日本人の子どもたちが日本語の教科書も読めないのであれば、英語が話せるようになるわけがないのだ。母国語以上に上達する外国語はない――これは語学教育の世界では常識。母国語が不十分でも英語は達者、そんなことはあり得ないのだ。

 実際、これは僕も目の当たりにした。僕の娘は中学を卒業後、イギリスのボーディングスクールに留学した。そうした学校には、日本のインターナショナルスクール出身の子どもたちもやってくる。当然だがインター出身の子どもたちのほうが、英語レベルは娘よりはるかに上だ。しかし、2~3年経つとこれが逆転してくる。

 それはなぜか。娘は中学まで日本の学校に通い、日本人としての最低レベルの日本語は習得したうえで、留学をしている。一方、インター出身の子どもたちは、日本語の基本が不十分。つまり国語力の差が、英語の習得にも現れるというわけだ。結局のところ、会話力とはインテリジェンスの問題だといえる。よって、母国語でのインテリジェンスが高くなければ、高いレベルの英語が話せるわけがない。

 これは、帰国子女にも見られる問題だ。以前あるテレビ番組で、帰国子女のタレントが海外ロケをしていた。彼女はNYで生まれ育った英語ネイティブで、芸能界の中でもトップクラスの英語力と評されていた。ところが驚いたことに、彼女は「世界遺産」が英語で言えなかったのだ。「世界遺産って英語でなんて言うの?」とスタッフに尋ねる声が、しっかりと放送されていたのである。

 同様のことが、一般の帰国子女にもよく見られる。一聴すると流暢な英語を話しているが、よく聞くと、まるで子どもの英語だったりすることが多い。たしかにアメリカやイギリスで生まれ育てば、発音はネイティブ並になるだろう。だが、12歳で日本に帰国したら、英語も12歳のままに留まる。たとえいくら発音がキレイでも、これではとてもビジネス現場で使えない、むしろいい大人が子どもみたいな英語を話している――そんなことも起こりえるのだ。僕はそっちのほうが恥ずかしいと思う。