世界人口は2050年に97億人に達する見通し。どの生物より資源を消費する人間。持続可能な食の在り方、環境の守り方が不可欠だ。そこで特集「ディープテックで行こう!」(全14回)では、#1~2の2回にわたって「食・環境」分野で注目の「ディープテック」を紹介する。#2は同分野の注目7研究をお届けしよう。
食・環境 注目研究1
【京都大学農学研究科木下グループ】
ゲノム編集でマダイを肉厚に
増え続ける世界人口。豊かになる新興国の食生活。この流れの中で、人類の食資源は持続可能性に黄信号がともる。特に水産資源は、過剰に漁獲されている資源が全体の3割超(出所『2018年度水産白書』)。言い換えれば、持続可能な水産資源は7割以下で、さらに減少する勢いだ。人類が魚を食べ続けたければ、水産業の革新は不可避だ。
そこで注目なのが、京都大学の木下政人助教らの研究。「ゲノム編集」の技術で肉厚なマダイや、短期間で豊満に成長するトラフグを開発した。どちらも海外で養殖が盛んではなく、日本で人気の種。安定供給できれば、日本の食に寄与する。
ゲノム編集は特定の遺伝子を改変し、その機能を変える技術だ。2008年ごろに始まり、革命が起こったのは12年。米仏の研究者が発表したCRISPR/Cas9と呼ばれる第3世代のゲノム編集技術の登場だ。従来の手法に比べて簡単かつ確実に編集できる。木下助教はこの技術を使い、マダイであれば筋肉細胞の増加を抑制するミオスタチン遺伝子を切り取った。すると個体の筋肉量が増え、肉厚になったのだ。
この研究以外にも同じ技術で、特定の成分を多く含んだトマトや、芽に毒のないジャガイモなどが国内で開発されている。こういったゲノム編集食品について、消費者庁はその事実の表示を義務付けていない。これに対し一部の消費者団体は安全性を懸念している。
木下助教は「安全性については、重要なのは編集したプロセスよりも、できたプロダクト(系統)自体の特性」と指摘する。マダイとトラフグの場合、アレルギーのデータベースと照合したり、代謝物の変化を確認したりしたが、特性に問題はなかった。
元々、遺伝子の変異は自然界でも起こる。従来の品種改良はこの変異を使い、数十年もの長期間で行う。ゲノム編集は同じことを短期間で起こしているにすぎない。ただ、だからこそ木下助教は、ゲノム編集食品であると表示すべきだと考える。「検査結果などを明示し、科学的な事実を消費者に理解してもらいたい。正確な情報がなければ、漠然とした不安が残るだけだ」(木下助教)。
ゲノム編集食品の量産化はかなり現実的であり、早晩、さまざまなゲノム編集食品が流通する。ならば、この事実から目を背けるべきではない。それが科学技術で社会が変わる時代を生きる人に必要な姿勢ではないだろうか。