病を克服したい。健康で長生きしたい。人類にとって最も基本的な願いに、先端研究とビジネスが取り組む。特集「ディープテックで行こう!」(全14回)では、#5~7の3回にわたって「医療」分野で注目の「ディープテック」を紹介する。#5は同分野の注目ベンチャー11社のうち5社をお届けしよう。
医療 注目ベンチャー企業1
【ジクサク・バイオエンジニアリング】
MEMS技術で難病ALS克服を
イノベーションは知と知の新たな組み合わせで起こる。経済学者シュンペーターが新結合として表現したこの真理は、サイエンスの世界でも通じるようだ。生物化学とエレクトロニクスが出合い、新領域が誕生しつつある。
ジクサク・バイオエンジニアリング(神奈川県川崎市)は、難病筋萎縮性側索硬化症(ALS)の克服を目指すバイオベンチャーだ。東京大学大学院でバイオエンジニアリングを学んでいた川田治良社長が、2017年に立ち上げた。
ALSは全身の筋肉が機能しなくなる進行性の疾病。英国の宇宙物理学者の故ホーキング氏が患者だったことで有名だ。いまだ有効な治療薬がないALSに対し、ジクサクは「オルガン・オン・ア・チップ(生体機能チップ)」という人工的に神経組織を再現したデバイスを使い、発生メカニズムの解明と治療薬の創出を目指す。
生体機能チップには、MEMSと呼ばれる半導体業界の微細加工技術が応用されている。新薬開発コストが膨張する中、人工のチップで人体組織を再現し、病理をシミュレーションするアプローチが注目されている。また欧米では、倫理的な理由で動物実験を廃止する動きがあり、医療以外に化粧品、食品などの産業でも生体機能チップの需要が高まりつつある。
この分野でのジクサクの強みは、運動神経組織を立体的かつ精緻に再現できる点だ。特に細胞核に付随する細長い「軸索」を、実物のように組織が束になった状態で再現できるのは他にないという。これは川田氏がポスドク時代に開発した技術。「ナーブオルガノイド」という名称がある。
日本はかつて半導体大国だった経緯から、MEMSとバイオの融合領域における優れた研究者が多い。だが生体機能チップの産業化という点では機運が乏しい。「特にこれで起業となると、国内ではなかなか資金調達できない」(川田氏)。現在、資金調達を進めているが、一部の投資家からは「この技術なら米国で評価される。米国で調達しては」と助言された。新領域の育成は起業家のみならず、日本の資本家にとっても試練のようだ。