中曽根康弘元首相の死去で、国鉄民営化に再び注目が集まっている。JR北海道やJR四国の経営危機を見れば、「国鉄民営化が本当に成功だったのか」という疑問を抱くのも当然だろう。しかし、民営化そのものの是非を考える以前に知っておかなければならないのは、国鉄の抱えていた致命的な矛盾と、実はその矛盾を今なお、JR北海道やJR四国が引きずっているという現実である。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)

中曽根元首相死去で
「国鉄民営化」に注目集まる

JR発足の記念列車「旅立ちJR号」
1987年に発足したJRだが、国鉄を崩壊に導いた「経営上の矛盾」を、今もなお抱えたままだ Photo:JIJI

 11月29日、中曽根康弘元首相が101歳で亡くなった。1982年から87年まで憲政史上7位の長期政権を築いた中曽根氏は、「戦後政治の総決算」をスローガンに、現在につながるタカ派・新自由主義路線の基礎を作った人物であるが、一般的には日本国有鉄道、日本電信電話公社、日本専売公社の民営化など行政改革を推進したイメージが強いだろう。

 特に崩壊状態に陥っていた国鉄を分割民営化によって再生させ、接遇やサービスを大きく改善させたことは、多くの国民から肯定的な評価を得た。

 一方、JR北海道やJR四国の経営危機が表面化するなど、近年では国鉄民営化は成功といえるのか疑問の声も上がり始めている。中曽根氏の訃報が伝えられるや、SNSでは「国鉄民営化」がトレンド入りし、分割民営化は妥当だったのか、あるいは民営化そのものが誤りだったのではないかという議論が巻き起こった。

 しかし、こうした議論も「古き良き国鉄」か「荒廃した国鉄」か、という一面的なイメージで語られるばかり。ローカル線や夜行列車がなくなったから失敗だとか、ストライキがなくなって駅員の接客態度がよくなったから成功だとか、枝葉末節の感は否めない。国鉄のどこに、いつから問題があり、どのように解決すべきであったのか、JR体制はそれを解決できたのか、できなかったのかという根本的な問いは忘れられがちだ。

 それもそのはず、既にJR体制は国鉄の歴史に匹敵するほどの時間が経過している。国鉄は1872年の官営鉄道新橋~横浜間開業、あるいは1906年の鉄道国有化法成立をルーツとするが、経営破綻した公企業体としての「日本国有鉄道」が設立されたのは1949年のこと。つまり国鉄の歴史とは、1949年から1987年のわずか38年という短いものであり、誕生から間もなく33年目を迎えるJRの歴史は、あと5年で国鉄に並ぶのである。

 国鉄の失敗は、末期には毎年1兆円以上の赤字を垂れ流し、最終的に37兆円もの負債を積み重ねたことから説明されがちだが、これは結果であって原因ではないことに注意しなければならない。では国鉄はいつまで「健全」で、いつから「崩壊」を始めたのだろうか。戦後の復興と成長を支え、世界に誇る新幹線を生み出した国鉄は、なぜ道を誤ってしまったのだろうか。