年金積立金を家計に
例えるとわかりやすい

 ではこの積立金は一体何のために存在するのか?それは毎年の年金収支において保険料収入を上回る年金支払いが生じたときに、それを調整するために使われているのである。わかりやすく「年金制度の貯金」と言い換えても良いだろう。

 現在、公的年金の収支を見ると、収入と支出はいずれも50兆円前後である。これを家計に例えればわかりやすい。年収500万円の家庭が、同じぐらいの支出をしているとしよう。ところがある年に、旅行に行ったり、大きな買い物をしたりして、仮に30万円の赤字が出たとする。ところがこの家には約1980万円の貯金があるので、足りない30万円はここから出せば問題ない。

 逆に支出を節約して、20万円余ったとしたら、それを貯金に入れておけばよい、といった具合である。つまり、「年金積立金」は年金制度にとっては“貯金”であり、バッファー(緩衝材)とでも言うべきものなのである。

 にもかかわらず、年金積立金が年金を払うための原資であるという誤解をしている人は多い。この年金積立金のうち、約160兆円を運用しているのが年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)であるが、このGPIFの運用がマイナスを出したときには必ずと言っていいほど、マスコミはそのことを書き立てる。

 逆にプラスになったときには、あまり大きく報道されない。そしてマイナスになった際の報道において、よく出てくるのが「こんな状態では将来の年金の支給は大丈夫だろうか?」というフレーズだ。こういう言葉が出てくるというのは「年金積立金が給付の原資である」という認識があるからだ。

 極論すれば、年金積立金が仮に運用の失敗で大部分を失ってしまったとしても、それだけでもって年金制度が破綻するということはないのである。さらに言えば、GPIFの運用は決して悪くはない。2001年以降の18年間で見ると年率3.02%で運用されており、その累積収益は67.9兆円に上る。途中にリーマンショックなどの大幅な下落を超えても、この成績なのである。
(GPIFホームページはこちら

 そこで、国は既に保有している198兆円の年金積立金について、その運用収入や元本を活用する財政計画を立てている。具体的に言えば、2004年の年金制度改正において、積立金はおおむね100年をかけて、計画的に活用していくことが決まっている。これは、少子高齢化が進むことによって年金の支給額が減る可能性を想定し、「マクロ経済スライド」など、いくつかの重要な施策が考えられているわけであるが、その中の一つとして、この積立金を少しずつ取り崩していきながら2110年の時点で積立金の残高を現在の4.9年分から1年分にまで減らしていこうという方針である。