つまり、2030年段階で原子力発電のシェアを20~25%にするには新たな原子力発電所の建設が必要となる。しかし、20年弱の間に、原子力発電に対する国民的コンセンサスを得て、建設地での合意を得て、安全な設計や監督体制を確立し、発電シェアの10%にも相当する原子力発電所を建設できるとは到底思えない。したがって、20~25%案の現実性は相当に乏しいと言わざるを得ない。また、原子力発電に対する国民の嫌悪感がこれだけ高まっているのに、原子力発電のシェアを下げる努力をしないという政策的な選択肢は有り得ない。

原発0%の選択肢は
負担とセットで議論せよ

 一方で、原子力発電のシェアを0%とする案については実現には大きな摩擦を伴う。原子力発電のコストは、安全対策やリスク対策のコストで大震災前に比べ倍増することになろうが、火力よりは割安なので原発全廃は電力コストを押し上げる。社会基盤を担っている企業が財務的に不安定になることは社会的なリスクを伴うので、コスト増の多くは需要家が負担しなくてはならない。

 ドイツでは再生可能エネルギーの固定価格買取制度による経済的な影響を緩和するため、国民に多くのコストを負担してもらった。日本でも国民の選択により原子力発電を全廃するのであれば、国民に相応の負担を負う覚悟を問わなくてはならない。原発0%の選択肢は負担とセットで議論されなくてはならないのである。しかるには、東京電力管内では住宅向け電力の値上げ率が産業用電力より低く抑えられるなど、国民にこうした覚悟を問うような状況にはない。

 以上のように考えると、日本が取り得るのは、原子力発電所に関する安全性や稼働年数の基準を厳格に定め、これに満たない発電所は断固として停止することを前提に、既存の原子力発電所を40年間厳しい監督の下で運営し、それが稼働している間に再生可能エネルギーの大量導入やエネルギー高効率化社会の構築、脱原発の可能性を追求する、という選択肢しかない。