自分の住む自治体が、「緊急事態につき、健康保険料を納めていない人も、同様に医療にアクセスできるようにします」という方針を取ると、多くの人の心の中に、「私が律儀に納めた健康保険料は、もしかすると払い損かもしれない」という感情が湧き上がるだろう。しかし、それはたいてい一瞬のことだ。恐るべき感染症が流行し、治療されないままの状態でいる人々が、同じ自治体の中のどこかにいると、自分や家族や同僚が感染するリスクは高くなる。

 健康保険料を滞納せざるを得ない状況にある見知らぬ“ご近所さん“たちが、必要なら医療を受けられる状況があれば、自分や身近な人々の感染リスク増大を恐れる必要性を減らすことができる。単純な損得勘定として、健康保険料を納めている人にとっても、自治体全体にとっても「トク」になる可能性が高い。

 今回の新型肺炎では、2月20日現在、厚労省はまだ2009年と同様の通知を発行していない。しかし感染が拡大すれば、いずれは、すべての人々に医療保障を行う判断を迫られるであろう。

 ここで、筆者は疑問を感じてしまう。非常事態への対応は、自治体の柔軟な行政判断や、住民の「まあ、仕方ないな」という納得によって成り立つ。しかし、非常事態を受けて特別な判断が必要になる「通常モード」は、それ自体が問題を含んでいるのではないだろうか。

新型肺炎に襲われる以前から
「非常事態」だった日本

 いざというときに医療にアクセスできることは、すべての人に必要だ。そのことによって、社会の健康が維持される。だから、生活保護には「医療扶助」がある。無保険状態になっても、いざ非常事態の際には、国民健康保険証があるのと同じ扱いを受けられる行政判断が行われてきている。

 今、新型肺炎という非常事態に際して、まずは「健康保険証を持って医療機関へ」という通常の受診の手順を踏むことができない人々に対する何らかの考慮が必要であろう。「福祉事務所で医療券を受け取る」「役所の窓口で短期保険証を受け取る」など、より多くの手順を踏む必要がある人々は、そのことによって症状を悪化させ、より多くの人々と接触し、社会の感染リスクを高めることになる。