それは、自分にとって必要な知識や情報をインプットすること。一字一句、丁寧に頭から読むことではない。小学校の国語の授業で本を読む目的は、文字を覚える、日本語の読み方を覚える、といったものだろう。その目的のためであれば、一文字ずつ丁寧に読む読み方が最適だ。

 しかし、大人の読書の目的は違う。日本語や文字はすでに習得しているのだから、目的は、情報のインプットにほかならない。

 そうであれば、その目的を達成できる読み方をすればいいのであり、一文字ずつ読む必要はまったくない。

「見る」読書術で
読むのが速くなる

「読む」のではなく「見る」のが正しいといわれても具体的にどのように見ればいいのかわからない、という疑問があるかもしれない。

 しかし、多くのビジネスパーソンは「見る」読書術をすでに実践している。

 たとえば、新聞だ。新聞の内容を一面から一文字ずつ読んでいる人はほとんどいないだろう。まずは紙面をざっと見て、見出しなどから必要な情報を読み取ろうとしているはずだ。

 それと同じように、本も最初のページからパラパラとめくっていき、見出しなどに注目しながら自分にとって必要な情報がどこにあるかを見ていけばいいのだ。

 そして本を見ていて気になった部分があったり、情報としてインプットしたい部分があったりしたら詳しくその部分を読んでいく。この流れは新聞を読むときとまったく同じである。

 このように、本は「読む」ものではなく「見る」ものであるという意識に変わっていくと、速読術などのテクニックが不要になる。

「見る」という意識で本を読み進めていけば、それだけで速読と同じスピードで読めるようになるのだ。

 そもそも、「速読」というものは、技術やテクニックといったものではなく、一つの「概念」にすぎないと私は考えている。

 世の中にはテクニックとしての速読術はたくさんあるが、読書は「読む」ものではなく「見る」ものであると考えれば、速読技術を使った場合と同じように本を速く読むことができるようになり、技術は不要になる。

 速読の技術を身につけなくても、「考え方」を変えるだけで速読術と同じかそれ以上のスピードで本を読むことができるのだ。