会議風景
長時間の無駄な会議をやめ、有益な議論を行うにはどうすればいいか Photo:PIXTA

新型コロナ感染症対策の在宅勤務を迫られる中、長時間のビデオ会議にへきえきとしているビジネスパーソンも少なくないだろう。ただでさえ、長時間の無駄な会議が多い日本企業。その理由のひとつに、議論の妨げとなる日本語の特質がある。では、どうすれば有益な議論を行うことができるのか。そのための6つの方法をお伝えしたい。(国際政治評論家・翻訳家 白川 司)

外国人は理解しにくい
サラダ記念日

「寒いね」と話しかければ 「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

 これは、1987年に出版されて大ベストセラーになった俵万智さんの『サラダ記念日』に収録されている短歌である。

「寒いね」と語りかけたら、相手も「寒いね」と答えてくれた。相手も寒いだろうとお互いが心中で気遣っている気持ちが伝わり、心が温かくなった、といった意味だろう。

 解釈自体はさほど難しくない歌ではあるが、以前、日本語研究をしている外国人大学院生にこの歌を見せたところ、意外なことに「なぜ温かさが生まれるのか理解できない」と答えた者がほとんどだった。

 その理由は「寒いね」の「ね」の使い方にある。

「ね」は文末に付く終助詞だが、「ね」が付く情報は、話し手と聞き手がお互いに情報を共有していることを示す。「寒いね」と言ったとき、「寒い」という情報がお互いに共有されていることが前提となる。

 だから、「寒いね」には「あなたも寒いでしょう」という意味が含まれており、そこに相手への気遣いの感情が示されるわけである。

 このような役割をする語は外国語にもあるが、日本語ではかなり多用されるのが大きな特徴だ。

 では、なぜ日本語では終助詞が多用されるのだろうか。