農協の病根#2Photo:JIJI

京都農協界のドン、中川泰宏氏は、25年間JAグループ京都の頂点に君臨する独裁的リーダーだ。なぜ京都農協界は牛耳られてしまったのか。その秘密は、身内と側近で中枢を固める「鉄の結束」と、JAグループの職員を組織的に動員して行う選挙応援などで得た「政治力」にある。特集『農協の病根』(全8回)の#2では、JAグループ京都の一族支配の実態を全解剖する。(ダイヤモンド編集部 千本木啓文)

映画「ゴッドファーザー」を地でいく
恐怖政治と仲間への「恩情」

 中川泰宏氏は、京都府南丹市(旧八木町)で酒屋、鮮魚商を営む家に生まれ、衆議院議員やJAグループ京都のトップにまで上り詰めた立志伝中の人物だ。

 幼い頃に患った小児まひの影響で足が不自由である。中川氏は著書『弱みを強みに生きてきた この足が私の名刺』の中で、「生徒たちに足の悪さをだしにいびられた。小学四年生ごろまで毎日泣かされていた」と少年時代を振り返っている。

 こうした逆境をはねのけ、鮮魚商、骨董品屋、金貸し業、不動産業と次々に仕事を変えて財を成し、30代という若さで農協組合長、八木町長という異例の出世を果たしている。

「私の武器はこの足だ。引きずって歩く不自由な足は私の名刺であると同時に武器でもある。福祉や同和問題で対立するとき、『差別だ』『障害を馬鹿にしている』などと主張する人は私の足を見てたじろぐ。『差別や障害の痛み、悲しみは私が身にしみて分かっている。その切なさを解決するためにはどうすればよいか話し合おう』。これが私の殺し文句だ」

 これは前出の著書の一節だが、中川氏の思想や政治手法を象徴する言葉だといえる。

 かつて、中川氏は若手の農協リーダーとして期待を集めたこともあった。だが、近年は自身の“パワー”の使い方を間違えていると言わざるを得ない。

 本特集#1『JAグループ京都が悪質な「地上げ」、内部資料で分かった農協私物化』では、中川氏のファミリー企業、伊藤土木(登記簿上の代表は中川氏の長女、監査役は中川氏の妻。中川氏の次男でJA京都の常務理事を務める中川泰國氏が伊藤土木社長を名乗っていたこともある)による地上げ問題を取り上げたが、不動産業ビジネスだけでも、JAグループの私物化が疑われる物件は他に四つもある。

 内部資料を基に、不動産取引を介したJAグループ京都の錬金術を浮き彫りにする。