ゲーム理論家の失敗
さて、とある日曜日、我々家族も、少々の逡巡の末、近所の自然公園に出向いた。山の中に風光明媚な湖が鎮座していて、スイミングや釣りが楽しめる。もっとも、現在はそれらの活動は禁止されているので、もっぱらハイキングが目的である。
湖に着いてみると、我々家族は驚くこととなった。ビーチでは音楽を鳴らす若者の笑い声。水面は禁止のはずのスイミングをする人たちでしぶきが立っている。湖畔の狭い歩道をすれ違う人たちは半数ほどがマスクを着用していない。警官もここに来れば、30分もあれば1日分の仕事ができるだろう。
この様子を見て、私は「しまった」と思った。ゲーム理論家ともあろう者が、他人の行動を読むことに完全に失敗していた、ということに、気づいたのだ。
つまり、こういうことである。
人は、損得勘定で動く。念を押すと、そんなことは意識的には考えないかもしれないが、悲しいかな遺伝子レベルでそうなっている。
さて、風光明媚な湖に行く際の損得勘定は、どうなっているだろうか。「損」の部分は、ウィルスを移される危険性である。そして、「得」の部分は湖に行った場合の嬉しさである。この損と得を比べて、得が勝てば、湖にやってくるわけだ。
こう考えると、湖に来るのはどういう種類の人かが分かってくる。まず、「得」が大きい人たちだ。つまりどうしても湖で遊びたい、その欲求が大きい人たちだ。そして「損」が小さい人たち。
つまり、「外出してもウィルスには感染しないだろう」と高を括っている、危機意識の低い人たちである。外出している人の中には、得が大きかった人も、損が小さかった人も、その両方の人もいるだろうが、外出している人の平均的な危機意識は社会全体と比べると低いだろう、ということが、お分かりいただけるだろう。
結局湖に来る人の中には、得が損を大幅に上回った人も、ぎりぎり得が勝った人もいるだろう。だから、ぎりぎり得が勝った我々家族のような場合は、平均的にみると、湖で出会う人たちは自分よりも危機意識の低い人たちばかりなのである。そう考えると、多くの人がマスクもせずにすれ違ってくるのも納得がいく。
危機意識の低い人たちならば、ウィルスに感染している確率も、そしてそれを周囲に(マスクの非着用やソーシャルディスタンスを取らないことなどを通じて)撒き散らす確率も高いだろう。であるからして、前出の計算方法、つまり感染者の全人口に占める割合(たとえば0.1%)に実際にウィルスが移る確率を掛け合わせるというやり方は、間違えているというわけだ。
つまり、もしあなたが外出すべきかしないべきか迷っているくらいならーーーつまりあなたが「損得勘定」の狭間にいるのならーーーもう一度「損」の方を考え直してもらいたい。
外出先ではだいたいあなたより危機意識が低い人がいるということを、あなたは分かっていましたか? それを元にもう一回損得を考えると、もしかしたら、「やっぱり外出はしないほうがいいだろう」とあなたは考え直すことになるかもしれませんよ。