楽天の目標は世界一のインターネット・サービス企業になることである。とりわけ同社の拡大計画は海外を中心にしていることから、約7100人の日本人社員に影響を与えるこの新しい方針は目標達成のカギを握ると、三木谷は信じていた。また、日本は保守的な島国だというイメージが世界で広がっていることにも責任の一端を感じていた。
数十億ドルの売上高を誇り、アマゾンとイーベイを足して2で割ったような楽天は、躍進の一途をたどっていた。それまでに同社は、タイのタラッド、フランスのプライスミニスター、アメリカのバイ・ドットコムとフリーコーズ、イギリスのプレイ・ドットコム、ドイツのトラドリア、ブラジルのイケダ、カナダの電子書籍大手のコボを買収し、中国やインドネシア、台湾の大手企業と合弁会社を設立していた。
言語の切り替えに真剣に取り組む三木谷は、この計画を社員に発表する時も、日本語ではなく英語を使った。社内食堂のメニューもエレベーターの案内表示も一夜にして日本語から英語に変わった。そして三木谷は、社員は2年以内にTOEICのスコアで英語力を証明しなければならず、それができない場合は降格の可能性があることを告げた。
マスコミはこの話にすぐに飛びついた。日本の企業全般の反応は魅力を感じつつも軽くあしらうものだった。本田技研工業の社長である伊東孝紳は、「社員のほとんどが日本人だというのに、日本企業が日本で英語だけを使うとはバカげた話だ」と言い切った。
しかし、三木谷にはこの動きは間違っていないという自信があった。そして、この方針は実を結びつつある。英語の公用語化により、三木谷は驚くほど多様で強力な組織をつくることができた。現在、技術部門の上級幹部6名のうち3名は外国人であり、彼らは日本語を話すこともできない。
同社は引き続き、世界じゅうで最も優秀な人材を積極的に探している。いまでは、楽天の日本人社員の半分が英語で十分に社内コミュニケーションをこなし、25%は定期的に海外子会社の取引先や同僚と英語でやりとりをしている。
グローバル言語を採用する方針を実施するのは容易ではなく、企業は例外なくその過程でつまずいてしまう。それは劇的な変化であり、社員からの強い抵抗に遭うことはほぼ間違いない。自分は他の人ほど英語ができないので不利だと感じる社員は多い。チームの力学や業績に影響が生じ、国民としての誇りがじゃますることもある。
しかし、グローバル経済に生き残り繁栄するためには、企業は言語の壁を乗り越えなければならない。そして、英語はほぼ常に共通の土台となる。少なくともいまのところは。
英語は歴史上最も急速に広がった言語であり、世界じゅうの約17億5000万人によって、つまり4人に1人の割合で、実用レベルで使われている。アメリカやオーストラリアなどの国には3億8500万人近くのネイティブ・スピーカーがおり、インドやナイジェリアなど旧植民地国では約10億人が英語を流暢に話す。また、第2言語として英語を学んだ人は世界で何百万人にも上る。英語でインターネットを使う人は5億6500万人と推定されている。
三木谷は英語の公用語化を「イングリッシュナイゼーション」と呼んでいるが、その効用は実に大きい。しかし、英語公用語化の方針を体系的に実施して持続的な成果を上げている企業は相対的に少ない。
私は過去10年間にわたる企業に関する研究や調査を通じて、企業が言語政策に取り組む時の指針となるフレームワークを設計した。まだまだ学ぶべきことは多いが、成功している企業は実際に存在する。企業は英語を公用語化すると多大なメリットがあることに気づくだろう。