なぜ英語だけが公用語になりうるのか
複数の言語を制限なしで使うことがいかに非効率で、重要な対話の実現を阻み、大事な目標の達成に向けて障害になりうるかについては疑問の余地はない。世界じゅうの顧客や取引先との業務を厳密に調整し協業する必要性があるので、企業の本拠がどこにあろうとも、英語をビジネスの公用語とする動きが加速している。
企業の標準語として英語を選ぶ背景には、主に3つの理由がある(囲み「英語の次は中国語か」を参照)。
競争の圧力
売買したい時には、さまざまな顧客やサプライヤー、その他の取引先と意思の疎通ができなければならない。相手と自分の母国語が同じであるなら幸運だが、それを当てにすることはできない。言語戦略を設定し損なう企業は、基本的に成長のチャンスを自分の言語が話されている市場だけに限定することになるので、英語のみを公用語とする方針を採用している競合他社に対して不利な立場に追いやられることは明らかである。
業務や資源のグローバル化
全社目標を達成するために、さまざまな国や地域の社員が一緒になって働かなければならない場合、言語の違いがボトルネックとなるおそれがある。ちょうど旧約聖書に出てくる「バベルの塔」(注)のようである。
たとえば、ベルギーの社員がベイルートやメキシコの事業部からの情報を必要とする場合もあるだろう。そんな時に共通の土台がなければ、コミュニケーションは立ち行かなくなる。
言語の理解が深まれば、社員が直接見聞きする情報が増える。そうした情報は、優れた意思決定に欠かせない。スイスの食品大手のネスレでは、英語を社内の標準言語にしたおかげで、購買業務と採用活動の効率性が大幅に改善された。
国をまたがるM&A後の統合
M&A(合併や買収)に関する交渉は、全員が同一言語を話す場合でも一筋縄ではいかない。そうでない場合は、簡単なeメールでのやりとりですら、ニュアンスがうまく伝わりにくい。
さらに、文化が異なる企業間の統合はやっかいなことで知られている。そのため、1998年にドイツのヘキストとフランスのローヌ・プーランが合併して世界第5位の製薬会社となったアベンティスが誕生した際に、えこひいきになるのを避けてフランス語でもドイツ語でもなく、英語を業務で使う言語とした。
ブランド面の要素が関係する場合もある。比較的知名度が低いイタリアの中規模の家電メーカーであるメルローニは、90年代に国際的なイメージを高めるために英語を採用したが、それによってロシアやイギリスの企業を買収する際に強みとなった。
【注】
『旧約聖書』の「創世記」に出てくる話。人類が塔をつくり神に挑戦しようとしたので、神は統一言語のせいだと考え、人々が異なる言葉を話すようにさせた。