福沢諭吉が遺した言葉

 誤差やサンプルの平均が正規分布に従うことがわかったおかげで、味噌汁の鍋から一匙(ひとさじ)味見をすることで全体の味を推し量るような統計、すなわち推測統計への扉が開かれた。

 数字を見やすくまとめる(記述統計)だけでなく、サンプルとして得られた一部のデータから全体の特性を判断したり、今後を予測したりすることができるようになったのだ。正規分布に端を発するこのパラダイムシフトが今日のAIテクノロジーをもたらしたのだからその影響力はきわめて大きい。

 日本が統計教育を軽んじて来てしまったことは既に述べたとおりであるが、実は明治のはじめに、統計の重要性に早くも気づいていた日本人がいた。かの伊藤博文(1841-1909)と福沢諭吉(1835-1901)である。

 伊藤博文は米国視察から帰国した後、明治4年に当時の大蔵省に「統計司」を設置している(翌年に「統計寮」と改名)。これは「統計」を冠した日本初の政府組織であった。

 また福沢諭吉は、明治8年に刊行された『文明論之概略』の中で次のような趣旨のことを書いている(現代語訳は筆者)。

「いかなることも、たった一例をもとに根拠なく決めつけることをしてはならない。広い視野を持って一般に起こり得ることを推定し、それと得られた一例とを比較検討することなしに物事の実情を明らかにすることはできないのだ。このような方法によって 広く現実社会に使うことのできる推定の方法を西洋語では『スタチスチク(statistics)』と呼ぶ。この方法は、人間活動の万事について利害や得失を推定するために欠かすことができないものである。昨今の西洋の学者たちは真実を探求するためにもっぱらこの方法を利用していて、実際得る所が多いようだ。」

 なんという慧眼であろうか。今から150年近く前に統計の本質と重要性をここまで見抜く人物が日本にもいたというのに、どういうわけかその後統計を学ぶ土壌が作られなかったことは残念で仕方ない。

 しかし、今や統計教育の重要性を疑う者はいない。これからは統計リテラシーを持った日本の若者が世界を舞台に活躍するようになるだろう。私も一数学教師として、統計教育の裾野が少しでも拡がるようにお手伝いをしていきたいと思う。