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数々のベンチャー企業を成功に導いてきた若手NO.1ベンチャーキャピタリスト・佐俣アンリ。世の中をより良くするために、起業家たちを全力で支援し続けてきた彼の姿は、先行き不透明なコロナ禍に苦しむ私たちに間違いなく勇気と活力を与えてくれる。
そんな彼が5年の歳月を費やした初の著作『僕は君の「熱」に投資しよう』は、生き方に迷う人々を圧倒的に肯定し、徹底的に挑発する仕事論の新バイブルとして話題沸騰、発売即の大重版が決まった。
同書の読者は、起業を目指す人だけではない。スポーツでもアートでも、趣味でも社会活動でも、もちろん目の前の仕事にでも、「熱」をもってチャレンジするすべての人に向け、その熱を100%ぶつけて生きてほしいという願いを込めて書かれている。ノウハウ本でも成功本でもなく、ただただ「熱」をもつ人の暴走本能を刺激する本だ。
この連載では同書から特に熱い部分を紹介していきたい。第8回は、修行時代の佐俣氏が「フリークアウト」「CAMPFIRE」など後の大成功ベンチャーの創業期に伴走して得た教訓について!

六本木のボロビルが
スタートアップの爆心地に

 前回お話したとおり、僕は、松山太河さんの投資先、フリークアウトの立ち上げに関わることになった。

「フリークアウト(freak out)」は日本語の「ヤバい!」に相当する英語のスラングだが、日本で初めてインターネット広告におけるリアルタイム取引を事業化したスタートアップだ。ウェブサイト訪問者の年齢や嗜好などを瞬時に解析し、最適な広告を広告主が入札する。訪問から0.1秒を切る速度で配信が行われる仕組みだ。

 僕は新橋にあった、陽のあたらない、漫喫のカップルシートみたいに狭くて粗末でヤバすぎるシェアオフィスに出入りし、雑用から事業計画のディスカッションまで、とにかくなんでもやっていた。

 隣のブースで朝から晩まで「お久しぶりです! 独立したんで何か仕事ないですか!」とひとりで営業電話をかけている名も知らぬ会社の横で、創業者の本田謙(ほんだ・ゆずる)さんが「このDSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)ってシステムができたら電通とかなくなっちゃうよね〜」とゲラゲラ笑いながら、プログラミングをしていた。

「そうそう、『CAMPFIRE』っていう会社があるんだけど、これも立ち上げやってきてくれる?」

 フリークアウトな日々を送っていると、ふたたび太河さんからの指令で立ち上げを手伝うことになった。クラウドファンディングサービスを展開するCAMPFIREの共同創業者は、「ひきこもり起業家」として知られるシリアルアントレプレナー、家入一真(いえいり・かずま)だ。

 当時はまだクラウドファンディングという文化そのものが日本になく、僕らはそれを手探りでつくっていった。文化がないわけだから、プロジェクトが失敗して炎上すれば事業は成り立たなくなる。僕たちは金融業として事故を起こさないよう、慎重に仕事を進めていった。

 リアルな家入さんと仕事ができるのは、最初すごく緊張したが、刺激的だった。

 家入さんは事業がうまくいきはじめると、気まずくなって会社に来なくなる。

 よくわからない感覚だろ?

 創業して事業が軌道に乗ってくると、創業者が直接やる仕事は少なくなる。そうなると、家入さんは社長なのになんだか申し訳なさそうな顔をして、会社に来なくなるんだ。「俺はゼロイチをやったんだから、あとは任せた」という感じじゃない。ある意味ではとても気が弱く、優しい起業家なんだ。

 そんな彼と仕事をしていくなかで、僕は起業家という偏屈で繊細な生き物との会話の仕方も学んでいった。

「あ、そうだ、『カンム』と『みんなのマーケット』って会社もあるんだけど、これも立ち上げやってきてね」

 ふたたび太河さんから指令だ。

「いったいどれだけ立ち上げるんだ」と思うだろ? 事業というのはタイミングが命だ。ファンドを運用していると、ものすごいスピードで投資先は増える。ひとりの投資家のキャパシティなんて、一瞬で超えていく。

 投資家として生きていくことは、自分の限界を毎日少しずつ超えていくことだと学んだのもこの頃だった。

 しかし、こうも立ち上げが増えてくると移動が大変になる。フリークアウトは新橋、CAMPFIREは六本木、カンムとみんなのマーケットは渋谷だ。僕には時間も金もなかった。リクルートの社員時代に貯めたお金は一瞬でなくなったし、太河さんからもらっていたわずかなカバン持ち代を削るのももったいない。

 そこで、「移動がめんどくさい! 全員集合だ!」という僕の独善的な判断で、これらすべての会社を六本木にオフィスを借りて結集させることにした。太河さんが家賃の半分を出してくれ、フリークアウトが大家をつとめるシェアオフィスが2011年に誕生した。

 入居者はフリークアウト、CAMPFIRE、カンム、みんなのマーケットに続き、「AnyPerk(現・Fond)」、「コイニー(現・hey)」の創業メンバーものちに加わり、合計で6社となった。 六本木といっても、オフィスのあるビルは正真正銘のボロビルだった。性能の悪いエレベーターが階に止まると、いつもちょっと隙間が空いていたのを今でもよく覚えている。気の利いたドリンクバーもなければ、こぎれいなミーティングスペースもない。

 オフィスは100平米ほどの広さだった。最初は仲の良い6社がこぢんまりと入居しているだけだった。フリークアウトの本田さんがギターを弾いて、誰かがそれにキーボードで加わり、セッションが始まる。本田さんがどこからともなく持ってきたショッピングカートでオフィス内を走り回り、バランスボールを投げて蛍光灯を割ってみんなで大笑いするような日常だった。

 しかし、そんな日々を送っていたのも束の間、すぐに人が増え始めた。フリークアウトが急成長し、大至急で人を採用しはじめたのだ。

 よく知った仲間と「おはよう」で始まる日常はたちまち「はじめまして」の連続になった。エンジニアや営業職で雇われた人々に、次々と新しい机と椅子が用意されていった。

 あっという間にオフィス内は知らない人だらけでごったがえし、すぐさま同じ階にある隣のオフィスも借りることになり、1フロアまるごとがフリークアウトのオフィスになった。

「会社ってこんなスピードで大きくなるんだ……」と、僕を含む全員がその急成長ぶりに驚いていた。オフィスにはクライアントをはじめ、次から次へといろんな人が訪れるようになった。僕らの作業しているすぐとなりの机で、急ピッチで開発が進められ、資金調達を始めとするさまざまなミーティングが行われていった。

 フリークアウトの成長は止まるところを知らず、1フロアまるごとのオフィスも手狭になり、1年経たないうちに彼らはこの六本木オフィスを出ていった。そうしてフリークアウトは2014年、東京証券取引所マザーズに上場する。

 この環境に君がいることを想像してみてほしい。

 君はまだ事業で成功したこともないし、それがどういうものか想像できないでいる。起業に関する本を読めば、成功した人のプロセスはわかる。しかし日常の今、自分の目の前で何をすれば成功するかは見えてこないはずだ。

 このオフィスにはそれがあるんだ。

 いるのは六本木のボロビルだが、フリークアウトは紛れもなく日本のスタートアップのトップを走ろうとしていた。

 ちょっと背伸びして隣の机を覗き込んだり、耳を澄ますだけで、起業の成功者の世界観を垣間見ることができるわけだ。人の雇い方や資金調達の方法、事業の伸ばし方などのさまざまなアイデアやノウハウが、まるでお菓子を配るみたいにオフィスの中を循環していた。

「隣でこれだけ成功している人がいるんだから、自分たちもいけるんじゃない?」と、みなが確信しはじめていたとき、僕は既視感に襲われていた。「ああ、これは、僕がプロの凡人として駆け抜けた、あの青春の日々と同じじゃないか……」と。

 そう、トップ集団の中にいるだけで勝手に成長できる、あの感じだ。起業だってそれだけで成功するんだと僕は確信していった。

 そして、入居していたスタートアップはみな、本当にあたりまえのように成功していった。