貿易全体の儲けを把握するため発明されたのが
複式簿記だった
 

林教授 その通り。商人たちは、銀行や出資者から資金を集めて、船を借り、人を雇い、商品を仕入れて中東やアジアに向かった。現地では欧州の珍しい品々を売り、その代金で購入した香辛料、絨毯(じゅうたん)、陶器などをヴェネチアで売りさばいた。そこから、船の賃料、人件費、借入金利息、保険料を差し引いて利益を計算し、借入金を返済して最後にこれを出資者に分配した。

カノン 長い航海だったでしょうし、集めたお金だって半端なく多いはずですよね。どんぶり勘定じゃあ銀行も出資者もお金を出しませんよね。

林教授 そこなんだよ。預かったお金と購入した商品をしっかり管理し、利益を正しく計算して、残りの余剰金を出資者に分配する。こんなふうにね。

銀行や出資者からお金を預かる→預かったお金で商品を購入する(ヴェニス)→購入した商品を高値で売る(ペルシャ)→ペルシャで買った商品をヴェニスで高値で売る→費用を精算し、借入金を返済する→余剰金を出資者に分配する。

カノン そうか、お金を出資する方からすれば、家計簿みたいにお金の収支を帳簿に記入するだけでは不十分なんだ。

なぜ、ヴェニスの商人には、複式簿記が必須だったのか?林 總(はやし・あつむ)
公認会計士、税理士
明治大学専門職大学院 会計専門職研究科 特任教授
LEC会計大学院 客員教授
1974年中央大学商学部会計学科卒。同年公認会計士二次試験合格。外資系会計事務所、大手監査法人を経て1987年独立。 以後、30年以上にわたり、国内外200社以上の企業に対して、管理会計システムの設計導入コンサルティング等を実施。2006年、LEC会計大学院 教授。2015年明治大学専門職大学院 会計専門職研究科 特任教授に就任。著書に、『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』『美容院と1000円カットでは、どちらが儲かるか?』『コハダは大トロより、なぜ儲かるのか?』『新版わかる! 管理会計』(以上、ダイヤモンド社)、『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA/中経出版)、『ドラッカーと生産性の話をしよう』(KADOKAWA)、『正しい家計管理』(WAVE出版)などがある。

林教授 その通り。お金の収支に伴って商品がどれだけ増減し、売上が増え、どのような経費がかかったかが詳(つまびら)かにできなければ、大切なお金を安心して預けられない。

カノン よくわかります。

林教授 商人にとっても、貿易全体の儲けがわからないと、出資者にいくら分配していいか決められない。そこで商人たちによって発明されたのが複式簿記だった。

カノン 商人にとっては信用が命ですから、複式簿記の発明は必然だったのかもしれませんね。それにしても、ヴェニスの商人って頭がよかったんですね。

林教授 複式簿記は地味だが、人類の発明の中でもトップクラスと言っていい。

カノン その複式簿記が発明されたのは14世紀ですか。日本では、足利尊氏が室町幕府を開いたのが14世紀(1336年)だから、ずいぶん昔の話ですね。

林教授 たしかにそうだね。もう700年近くも前のことになる。