「慢性痛を診る時には、医療者としての権威は捨てています。要するに手術が上手いとか、すごく効果が高い薬を処方するとかで慢性痛を治療できるとは思っていない。薬は使いますよ、でも治療の一部でメインではない。千里山病院では神経ブロック注射はまったく打ちません。他の病院で診察する際にがん患者さんの緩和ケアでは打ちます。

 医者と患者さんの関係というのは、集学的治療では一面でしかないんです。医者には気づけないことでも療法士さんが気づくことがある。集学的治療のよさは『3人寄れば文殊の知恵』。医者だとか療法士だとか関係ない。病気ではなく『人を診る』、患者さんがどんな人かを見ることが何よりも大事なので、医者としての権威は患者さんが構えてしまって、むしろ邪魔になることもあります。だから私は診療の際、あまり白衣も着たくない」

 ゆえに千里山病院の集学的痛みセンターでは、医師、理学療法士、作業療法士、臨床心理士らが対等に診察にあたる。

 例えば初診では、各自20分ずつの持ち時間を使ってそれぞれの視点から患者の痛みの正体に迫り、カンファレンスでまとめた診断と治療方針を柴田医師が患者に伝えている。医者がチームのトップに立ち、多職種を率いて行われる集学的治療はよくあるが、スタッフ一同がここまで対等な医療機関は見たことがない。

「対等」のポリシーは患者に対しても同じだ。

「『治してあげる』とは言いたくない。ちょっと極端かもしれませんが、精神科医のように、人に道を聞かれたとき、道を教えてあげるだけの態度が望ましいと考えています。うちに来る患者さんは重症者が多いのですが、そういう患者さんは自分で治す、医療者は手伝ってくれるだけというスタンスになれない限り治りません。

 ここのやり方でお役に立てる患者さんは全体からしたら多くないので、今後はそういう方が集まってくるような体制を整えていきたいと思っています」

 手術や薬による治療に比べると、なんとも地道で手間がかかる。

「間違えている人は多いですね。痛ければどこか悪いはずと患者さんも思っているし、多くの医者もそう思っており、その前提で検査をし、薬を使おうとする。

 だけど慢性痛はそういう仕組みでできているんじゃない。複雑な状況は一人一人違っており、私一人では到底分からないから、できるだけ確率を上げるように複数の目で診て行きましょうというのがここのスタンです。

 地道ですが、このままじゃ人生あかんねという方たちが、結構袋小路から抜け出して歩んでいく姿を見ることがあるので、よかったなぁと思います。極端な話、若くして心臓病を患い、寝たきりに近い生活をしていた患者さんが、移植を受けて社会復帰するのと同じくらいの価値がある」