ワクチン大量確保も
接種には腰の重い厚労省

 こうした未知の要素を抱えながらも、日本もワクチン接種は既定路線だ。12月4日には菅首相も、「自分に順番が回ってきたら接種したい」と明言した。

 PCR検査をはじめ、新型コロナ政策では多くの点で各国の後塵を拝してきた日本政府だが、ワクチン確保にかけては動きが早かった。

 安倍前首相は昨年8月、全国民分を2021年前半までに確保すると明言。早々にファイザー、アストラゼネカからそれぞれ1億2000万回(6000万人)分の供給を受けることで合意した。さらに、モデルナとは5000万回分の供給契約を交わしたという。12月に入ると、政府はアストラゼネカと正式契約。同月、接種費用を国が全額負担する法律(改正予防接種法)も国会で可決、成立している。

 一方、接種開始時期については歯切れが悪い。国民の関心は高く、早ければ2月、3月、いやギリギリ6月になる、など、いろいろなウワサが飛び交った。これに対し田村厚生労働大臣は12月10日の参議院厚生労働委員会で、「しっかりと有効性・安全性を確認したうえで、薬事承認を出して、接種態勢をしっかりと確保したうえで接種を始める」と、開始時期が未定であることを強調した。

 決して間違ったことは言っていない。だが、率直なところ、「ワクチン接種をもって新型コロナを何としても封じ込める」という厚労相としての気概は感じられなかった。HPVワクチンの積極的接種勧奨を止めたのは田村大臣の前回の任期中だ。その後7年経っても再開されていない状況からは、石橋をしばらくたたき続けるのでは、という気さえしてくる。

 さまざまな有害事象(副反応とは限らない)は、接種を開始すれば多発する。英米でのアレルギー反応の報道に対し、不安を覚えた人も多いだろう。不安や恐怖は、人々から冷静な判断能力を奪う。

 先日の記事(『新型コロナの感染対策、過激な「反ワクチン活動」が大きな障害になる』)でも触れたが、ヒトは論理的に考えることが得意ではない。2011年の9.11米国同時多発テロの翌年、「飛行機は怖い」「飛行機はキケンである」という思い込みから飛行機をやめて自動車での移動が増えた結果、米国内で交通事故が急増。テロで道連れになった人数を上回る交通事故死者数となった。

 有害事象や副反応を恐れるあまり、ワクチン接種を躊躇し、新型コロナによる死者を増やすことになってはならない。

 大事なのは、客観的事実のみに基づき、判断することだ。それを率先して行い、国民に包み隠さず公表し説明することこそ、国に求められるところだろう。

米国は秋には収束?
貧困国と富裕国の倫理的ジレンマも

 さて、国内で無事に接種が開始されても、人々が無差別に一斉に接種を受けられるわけではない、という現実の制約もある。

 多くの国では政策として、医療・介護従事者、老人介護施設に住む人、地域に住む高齢者、といった順に接種を実施していくこととなっている。おそらく日本もこれに倣うはずだ。つまり50歳未満のほとんどの人々は、ひとまず対象外となる。この比較的若い年齢層の中で、ウイルスの感染はしばらく続く、ということだ。

 とりわけ抗がん剤や免疫抑制剤を使用するなど、ワクチン接種を受けられない人たちにとっては、感染・重症化のリスクと隣り合わせの日々はまだまだ終わらない。

 さらに、グローバルな人の行き来が当たり前となった今日、自国の感染が抑えられても、それで終わりではない。わが国でも新型コロナが本当に終息し一息つけるのは、途上国にもワクチンが行きわたるなどして、世界の多くの人が一定レベルの免疫を獲得した時だ。無症状で感染が広がる新型コロナウイルスの場合、「水際対策」がほぼ不可能なことは、もう誰もが知っている。