英首相になる前のチャーチルも
ドラッカーの洞察力を激賞

 ドラッカーは、経済人の枠を超えて、新しい社会や自由をもたらす思想を希求していた。かくして、『「経済人」の終わり』が本書のタイトルとなったのである。

 本書は、首相になる前のチャーチルが書評で激賞したことでも有名である(書評は『「経済人」の終わり』に付録として収録)。ドラッカーの思考のエッセンスを3ページで書ききった、エネルギーに満ちた書評である。

「英雄人は成立しない、経済人は終わる」と言いはしても、次の時代のモデルを示さなかったドラッカーに対し、チャーチルは資本主義の失敗を指摘しつつ、まだ経済人もブルジョア資本主義も死んではいないと宣言する。実際、資本主義はその後度重なる修正を加えて生き続け、新たな人間像のモデルも生み出されてこなかった。

 ただチャーチルは、ドラッカーを「独自の頭脳を持つだけでなく、人の思考を刺激してくれる書き手である。それだけですべてが許される存在である」とまで称賛する。初版の序文を書いた当時の有名なジャーナリスト、ブレイスフォードも「人の知覚力において差がでるものは動くものにおいてである。動かないものであれば誰でも見ることができる。複雑なるものの中にパターンとリズムを識別するには、格別の眼力を必要とする(中略)ピーター・ドラッカーには、そのような才能がある」と褒め称えた。本書は動いている社会のなかにある真のパターンとリズムを、ドラッカーの洞察力が見抜いた卓越した書と言っていい。

1930年代と似た現代
ドラッカーならどう分析したか

 さて、視点を現在に向けてみよう。我々は新型コロナウイルスという魔物の支配下からまだ抜け出せていない。ワクチン開発の進展などでようやく一筋の光が見えてきたところだが、首都圏を中心に再び緊急事態宣言が発令され、失業という魔物の増加も予測される。その一方で、この危機を機会ととらえ、自国の影響力を世界的に高めようとする地政学的な思惑と行動がうごめいている。

 もう一つの魔物である戦争は、世界各地で今もやむことはなく、覇権国争いとしての米中対立も「トゥキディデスの罠」(覇権国とそれに挑む新興国が折り合えないまま戦争に至ってしまう状態)にはまり、今後、本格的な戦争が引き起こされる可能性も否定できない。